児童虐待の相談対応件数はパンドラの箱だった 苦渋の担当者「新記録を出し続けるしか…」 “水増し”がまかり通ってきた背景は?

木原育子 (2023年10月4日付 東京新聞朝刊)

2022年度の児童虐待相談対応件数を報じる新聞各紙

 児童虐待の現状を測るバロメーターだったはずの児童相談所(児相)の虐待相談対応件数。この統計のあり方が揺らいでいる。虐待でないと判明した「非該当」ケースを含めたり、カウントの仕方が自治体ごとに違ったりする事例も。独自の解釈が横行していた実態は、関東以外でも見つかっている。なぜ長年にわたってまかり通ってきたのか。背景を探った。

全国最少の鳥取県「そうだろうと思った」

 「そうだろうなと思ってました。相当ばらつきがあるんじゃないかって」

 2022年度の児相の虐待相談対応件数(速報値)で、全国最少の148件だった鳥取県の担当者が胸の内を明かす。人口規模が近いお隣の島根県の332件と比較しても、倍以上の開きがある。

 「忠実に報告を上げた方が割に合わないのは事実。あまりに件数が少ないので、統計の取り方を全国のトレンドに合わせた方が…と指摘されることもあった」と声を落とす。

 虐待の相談件数が増えることは虐待防止への社会の意識が高まった証左とされ、相談対応件数が増えることは「児相の成果」とされてきた。神奈川県の担当者は、虐待ではなかった「非該当」ケースの扱いについて、「含めるべきではないとは思うが、その時点で虐待の事実を確認できなくても、その家庭に絶対にないとは言い切れない」と話す。

本音は「水増しと言われても仕方がない」

 だが、別の自治体の担当者は「ここまで来ると、件数が下がる方が逆に怖い。オリンピック選手じゃないが、今後も自己最高新記録を出し続けるしかないと思っている」と打ち明ける。

 なかった事実も計上する「水増し」が意識的に行われていたとすれば、行政の公正性に背く。北関東のある自治体の担当者は「水増しと言われても仕方がない」と本音を語る。

児童虐待相談対応件数などを報告する記入要領。国の基準がしっかり示されないまま、自治体の裁量に任されていた

 こども家庭庁は、自治体ごとに独自の解釈で計上されていた現状をどうみているのか。担当者に尋ねたが、「国としては自治体が報告する数字を信じるしかない。統計の取り方について、質問があった自治体には説明するが、質問がない自治体は疑問がないということなので…」と歯切れが悪い。

措置変更のたびに1件?数え方もバラバラ

 問題は、「非該当」を件数に含んでいたか否かだけにとどまらない。措置変更時の数え方も違っていた。例えば、当初は家庭で在宅措置したものの、家庭から子どもを引き離す必要が生じ、施設入所の措置に切り替えたといった場合だ。

 こども家庭庁の担当者は「措置変更のたびに1件ずつカウントしてほしい」とする。「相談対応件数は、言うならば児相がどれだけ仕事をしたかの数字。その数字の増減で、虐待がどれだけ起きているかのものさしにしてきた」からだという。

 実際、埼玉県の担当者は「措置を変更するたびに1件ずつカウントする。同じ子どもでも乳児院に措置したら1件、その後に児童養護施設に措置したら1件。どんどん増えた」と説明。同様に、神奈川県は「措置を切り替えるたびに1件ずつ増えていく」、横浜市は「相談を受けた通告件数と相談対応件数はほぼイコールと考えている。児相は必ず何らかの対応はしますから」と話す。

 だが、同じ神奈川県内でも相模原市は「支援を継続している段階なので、1人1件とカウントする」と回答。千葉県も「支援は終結していないと捉え、1件としかカウントしない」と説明した。やはり数え方のものさしは、自治体ごとにバラバラだ。

発覚のきっかけは…滋賀県職員の「通報」

 この問題が発覚したきっかけは、ある自治体職員からの「統計のあり方がおかしい」という「通報」だった。滋賀県の児童虐待を扱う部署に2002~2010年度まで所属し、相談対応件数の統計を担ってきた郷間彰さん(58)だ。

児童虐待防止「びわ湖一周オレンジリボンたすきリレー」への参加を呼び掛ける郷間彰さん=8月、大津市内で

 その後も関心を持ち続け、2021年に立命館大大学院に社会人入学。児相を持つ全国の70自治体にアンケートし(回答率74.3%)、自治体ごとに異なる統計のあり方の端緒をつかんだ。

 「国の記入要領には記入例が何も書かれておらず、自治体の裁量になっていた。児相の虐待相談対応件数は本当に実態を表しているのか。パンドラの箱を開けるようなものだと感じた。何人の子どもが虐待を受けているのか、市町村の相談件数も含めて実数を正確に把握する必要がある」

 事実が統一して反映された統計でなければ、真の施策は打てない。「今のままでは正直に報告した方が不利。良いとこ取りの自治体と、もらい損の自治体がある。国は考え直すべきではないか」と続ける。

児相の職員配置基準が「もらい損」になる

 「もらい損」になるのは何か。例えば、児相の職員配置基準だ。国は昨年末、「新児童虐待防止対策体制総合強化プラン」を策定。児相で子どもの保護や親の指導に当たる児童福祉司を24年度までに約1000人増やし、約6850人とする方針を決めた。そのプランの根拠になったのが相談対応件数だ。

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子育て支援施設を視察し、子ども・子育て政策対話で参加した子どもから意見を聞く岸田文雄首相=3月、福島県相馬市で

 政府は深刻化する虐待への対応を掲げ、「量」だけでなく「質」も強化。2024年度からは「こども家庭ソーシャルワーカー(仮称)」の認定資格を導入。児童福祉司や市区町村の虐待対応担当職員のほか、社会福祉士や精神保健福祉士の資格を持つ人らが対象になる。2026年をめどに国家資格化も視野に再検討される。

 だが、名古屋市立大の樋澤吉彦教授(社会福祉学)は「認定資格ができたからといって劇的に環境が変わるわけではない。社会福祉士や精神保健福祉士とはあえて別建ての資格を創設した以上、どう質を担保するかも含め、今後も議論が必要だろう」と指摘する。

現場は多忙「バタバタと人が辞めていく」

 あいまいな数字に基づく施策の裏で、虐待の現場は待ったなしだ。

 今年、児童福祉司になった女性は「虐待があったか否かを確認するため、両親の仕事の帰宅を待つことも多い。午後11時前に帰れたことはない。あまりのしんどさにバタバタと人が辞めていく。一時的に1000人増えても、その分現場を去る人が多くなるだけ」と力なく語る。

 もう一人のベテランの児童福祉司は、抱える家庭が多い時で100件を超えた。「次から次へと案件が増える中で、どの時点で虐待家庭への支援を終結させるか、ある程度の見極めが必要になる。年度末や、被虐待児が中学を卒業するタイミングなど、不安はあっても支援をひとまず終結させることはあった」

米英のように国の一元管理を導入するべき

 今後どうしていくべきか。山梨県立大の西沢哲・特任教授(臨床福祉学)は「研究者の間でも自治体ごとに数え方が違うのではとの認識はうすうすあったが、データの連続性が失われる損失を考慮し、声を上げてこなかった反省がある」と話す。「こども家庭庁も発足し、節目になる。『官庁まんなか』の対応が続き、泣かされるのは子どもたちだ。事実を明らかにする観点で抜本的に見直すべきだ」と指摘する。

 「これまでは地方自治の観点から各自治体が数字を報告するやり方だったが、米英のように国や州政府がデータベースで一元管理するやり方を導入していくべきではないか。どの自治体からも閲覧できるようになれば、対象が引っ越しても追跡でき、多くが関わり合える利点もある」

虐待された子どもの人数を誰も知らない異常事態 今こそ実数把握が必要では? 加藤こども相に疑問をぶつけたが…

 虐待防止対策の政策決定に用いられる「児童虐待相談対応件数」。この件数が自治体ごとに異なる解釈で報告されていた問題で、加藤鮎子こども政策担当相は6日の記者会見で、「今後の統計のあり方を検討していきたい」と述べた。これだけ虐待のニュースが相次ぐ中で、虐待を受けている子どもの実人数を誰も知らないのは異常事態。早急な実数把握が必要では。
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児童虐待相談対応件数の今後のあり方について話す加藤鮎子こども政策担当相=6日、内閣府で

加藤氏「虐待と判断されたものを分類」 

「(児童相談所内の)援助方針会議の結果で、虐待と判断されたものを分類するよう(国の)記入要領で示している」。加藤氏は6日、東京新聞「こちら特報部」の質問に、そう答えた。

 東京新聞は、毎年発表される児童虐待相談対応件数について、関東圏の自治体に独自調査。各機関や近隣から相談を受けて調べた結果、結果的に虐待ではなかった「非該当」ケースも、相談対応件数に含めている自治体が、児童相談所(児相)を持つ関東の都県、政令市計12自治体のうち8自治体に上ることを報じた。新たに児相を設置し始めている都内特別区も「含める」と回答したのは7区のうち、江戸川など4区と、統一されていない実態が浮かび上がった。

表 2022年度の児童相談所の虐待相談対応件数

 加藤氏の発言は、虐待と判断されたものだけ報告を、と念押ししたのに等しい。

 会見では、「各自治体の対応状況の実態について現時点で詳細には把握していない」「各自治体の相談対応件数をはじめとする調査の実態を確認するよう指示した」とした上で、今後について「結果をよくみた上で調査方法や用い方を含め、今後の統計のあり方や必要な対応を検討していきたい」と述べた。

非該当の扱い 国が例示しないと迷う

 中核市で児相を持つ神奈川県横須賀市の担当者は「事件につながらないよう、疑わしきは通告を、と呼びかけている。何をもって虐待がないと『非該当』にするのか難しい。国が例示してくれないと正直迷う」と吐露した。

 元大阪市中央児童相談所長で認定NPO法人「児童虐待防止協会」の津崎哲郎理事長は、「自治体によって統計の取り方が違うのは随分前から実はあった。ここまで来ると、予算要求にも関わるため自治体側から変えることは難しいだろう」とし「実態を押さえる上で、国が統一指針を自治体に出さないと放置されたままになる」と警鐘を鳴らす。

 虐待の対応をするのは児相だけではなく、市町村の相談窓口もあるが、一般に発表される虐待件数には含まれない。結果として、被虐待の実人数は誰も把握していないことになる。加藤氏にもこの点を尋ねてみたが、「まずは状況を把握をした上で…」と繰り返すのが精いっぱいだった。

「要対協」を活用すれば可能では?

 では、どうすれば実人数を把握できるか。

 厚生労働省が2012年に総務省に勧告を受けた後、国の助成を受け虐待問題に取り組む「子どもの虹情報研修センター」(横浜市)が検証し、2015年に報告書をまとめていた。その中で、児相に加えて市町村も含めた被虐待児童の実人数の把握を求めていた。

 当時報告書をまとめ、現センター長の川崎二三彦氏は児相や福祉事務所、教育委員会、警察、保健所などが連携し、虐待の早期発見につなげる「要保護児童対策地域協議会(要対協)」の活用もありうるとする。

 「要対協では被虐待児を登録して支援する。児相の支援事例も含まれている場合も多く、人数を確認し得る。そのため、例えば10月1日時点などをベースに、被虐待児が何人いるか把握することは可能かもしれない」とし、「被虐待児数を把握した上で、それらを分析検討することで虐待対策は前進する」と話す。

 前出の津崎氏も言う。「虐待統計はいくつも矛盾を抱えているが、問題を整理、調査し改善していく必要がある。こども家庭庁はこの機を逃さないでほしい」

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2023年10月4日7日

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  • tabasco says:

    「国の記入要領には記入例が何も書かれておらず、自治体の裁量になっていた」、「自治体ごとに独自の解釈で計上されていた」と、全く統計の体をなしていないことに驚きました。

    統計を取る際は、何を知るために何を数え上げるのか綿密な統計設計をしてからやるものです。それをやらないで集めたデータなど、何の信頼性も無いただの数字の集まりです。

    国がそんなやり方を平気で続けてきたというのは、やる気の無さを明らかに示しています。「統計を取っていますよ」という、ただのやってる振りです。しっかりとした統計を取って、分析をして、施策の改善に繋げようという気持ちが無いからこんな事ができる。児童虐待対策が進まない訳がよく分かりました。

    ついでに言えば、役所内の人事異動で来た人たち(土木課やら経理課やらから)が児相職員をやっている、というのも、国のやる気の無さを示しています。

    彼らは「児童福祉士」というただの任用資格を自動的に付与されるだけで(数週間の研修は受けますが)、専門家でも何でもありません(そうでない自治体もあるのかもしれませんが)。数年たてばまた異動で去って行きます。児相の心理士だって、ただ大学で心理学の単位を取っただけの「認定心理士」がかなりいる。

    西欧では、大学や大学院で心理学・教育学・福祉学・医学などを学んだ人が専門職として児相勤務するそうです。志と能力・技能があってその職を選ぶ人たちだから、全然違います。

    日本も、いいかげん本気になって、制度改革に取り組んでもらいたいものです。

    tabasco 女性 60代
  • 匿名 says:

    通報件数はその地域住民がどれだけ子供のことを守れるかということになります。神奈川県の担当者は可能性があるかもしれないから数字にした。鳥取県は可能性がないと断定したから数字にしなかった。

    この数字は何のため、誰のために収集しているのでしょうか? 10年後もし同じ人口だったらで虐待が多くなるのはどちらでしょうか?

    現場は多忙なのは児童福祉司になるハードルが高いから、その分転職が容易なので踏み台にされているだけですね。何のために集めているかわからず、自分らですらよくわからない数字を集めているので、公務員特有の意味のない仕事をして人に逃げられているだけですね。

    国に米英のようにしろというのであれば今現在の数字ではなく、疑わしければ保護をしてそこから件数を割り出せばいいだけの話。数字は結果です。子供を守るには子供を守る基準と対応です。

    保護は弱い、基準はバラバラ、数字は当てにならない。こども家庭庁は今日まで何をしていたんでしょうか?

     無回答 無回答

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