過労死ラインの教員、精神疾患での休職は過去最多の1万人超なのに… 公務災害の申請に高い壁
月100時間超「つぶれる」
2012年に教員になった西本さんは、2017年春にはクラス担任のほか、2つの部活の顧問などを務めた。生徒の海外語学研修の準備にも追われ、月100時間超の時間外勤務が続いた。校長に「このままではつぶれてしまう」とメールなどで訴えたが改善されず、同年7月に適応障害を発症し、休職を余儀なくされた。
文科省の調査では2021年度、精神疾患で休職(休暇を含む)している教員は1万944人で過去最多に。しかし、教員の公務災害申請は56件にとどまる。
校長が勤務時間を過小評価
教員を含む地方公務員の労災申請は原則、本人や遺族が直接申請できない。教員は所属長の校長と任命権者の教育委員会を通して地方公務員災害補償基金(地公災)に申請するため、学校側の協力が不可欠。西本さんの場合、校長から勤務時間を過小評価され、地公災にも伝えられていたという。
西本さんは18年4月に復職。「自分と同じように苦しむ教員が多くいる。社会に問題提起したい」との思いで公務災害申請前の19年2月、大阪府に損害賠償を求めて提訴した。仕事のリストやタイムカード、メールの送信時間などの証拠を自身で整理し裁判に臨んだ。大阪地裁は2022年6月、適応障害は校長の安全配慮義務違反による発症と認め、府に請求通りの損害賠償の支払いを命じた。一方で、提訴後の19年6月に申請した公務災害も同年2月に認められていた。「『過重だった』という同僚たちの証言が公務災害認定につながった」と振り返る。
過労を証言しないよう圧力
「証言しないよう校長が先生に無言の圧力をかけるケースもある」。07年に教員だった夫を過労で亡くした神奈川過労死等を考える家族の会代表の工藤祥子(さちこ)さん(56)=東京都町田市=は過労死遺族からの相談を受ける立場からこう指摘する。「本人が亡くなり、証拠や協力者が得られずに申請できなかった人もいる」と訴える。
企業が労災申請する労働基準監督署には、立ち入り調査や是正指導など行政指導の権限があるのに対し、地公災には「調査の権限がない」(担当者)という違いもある。指導が必要な場合は人事委員会などが担うが、中央教育審議会臨時委員で教員の働き方に詳しい妹尾昌俊さんは「査察に入る例もあまりなく、機能していない」と指摘する。
専門家「制度の見直しを」
文科省は2021年、公務災害の可能性がある場合、直ちに教委に報告するよう校長に指導することを求める通知を各教委に出した。
しかし、妹尾さんは「教委も校長も詳細調査をしていないケースが多いのではないか」と指摘。「責任を問われる立場の校長や教委が動かなければ、公務災害を訴えられないのは問題だ」として制度見直しの必要性を訴える。
地方公務員の公務災害申請
常勤の地方公務員が公務や通勤途上の災害で負傷したり病気にかかったりした場合、地方公務員災害補償法が定める「地方公務員災害補償基金」に補償を申請する。企業で働く人の労災申請は原則、本人や遺族が労働基準監督署に申請するが、公務災害は任命権者を経由する必要がある。
コメント