不妊治療の保険適用への課題 ポイントは「混合診療を認めるか」 最前線の医師2人に聞きました
メディカルパーク横浜・菊地盤院長「保険適用は賛成だが、混合診療しかない」
幅広い治療法が必要
-保険適用への賛否は。
「基本的には賛成だ。費用面で躊躇(ちゅうちょ)する患者は多く、保険適用で治療が受けやすくなるのは歓迎すべきこと。体外受精は年齢的な限界があるので、35歳までに始めてほしい。お金に余裕がない若い夫婦が治療を先延ばしせず、必要な人に必要な医療が届けられるのは良いことだ」
-実現に向けた課題は。
「必要最低限の治療は保険診療で行い、オプションの治療は自費で払う。つまり(保険診療と自由診療を組み合わせた)混合診療を認めてもらうしかない」
-厚生労働省は原則、混合診療を認めていない。
「不妊の領域でエビデンス(科学的根拠)の高い治療は限られる。良い状態の受精卵を子宮に戻しても妊娠・出産に至らないケースもあり、いろんな手だてをしている。患者の卵巣機能や体質によって行う治療が全然違う。幅広い治療法を持っておかねばならない」
“善意の負担”の搾取
-混合診療は患者の不当な費用負担につながる恐れも指摘される。
「自由診療が続いてきた不妊治療では薬や(受精卵を育てる)胚培養液に国内未承認が多い。混合診療を認めず保険適用になれば、多くの薬が使えなくなってしまう。製薬会社も今からお金をかけて全ての薬で治験を行うとは思えない」
-医療行為ごとの保険点数の設定も焦点だ。
「病名と手術手技(しゅぎ)によって一律の点数が決められる保険診療では、同じ手術でも患者の容体によって難易度が上がれば人件費や医療材料費が増え、病院側がやむなく負担する善意の搾取になっている。混合診療を含む国民皆保険制度のあり方を議論する良い機会になるのではないか」
混合診療とは
患者負担が原則1~3割の公的医療保険が適用される診療を受けながら、保険外の治療法や薬を使う自由診療を組み合わせられる制度。厚生労働省は、患者の費用負担が不当に拡大する恐れや、科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長する可能性から、一部の先進医療などを除いて原則禁止している。現在は自由診療を併用すると、保険診療部分も含めて全額自己負担になる。
菊地盤(きくち・いわほ)
1968年生まれ。順天堂大卒。同大医学部付属浦安病院リプロダクションセンター長などを経て、現在はメディカルパーク横浜院長、同大客員准教授。
杉山産婦人科・杉山力一理事長「混合診療を認めるか、助成金を拡大するか」
「標準」による弊害
-首相と9月21日に面会したが、どのような意見を伝えたのか。
「私自身、保険適用に反対ではないが、慎重に議論してほしいと申し上げた。混合診療はだめという前提で保険適用になると、医療が縮小する。まず国の助成制度の大幅な拡充をお願いした」
-医療が縮小するとは。
「体外受精には、例えば注射をたくさん打って卵子をたくさん採取するか、なるべく打たないで自然にやるかなど、いろんなやり方がある。保険適用になると、注射の回数など治療の標準を決めないといけない。7割の人はそれで良いが、注射が効かなかったり、効き過ぎたりする人もいるので、柔軟な対応ができなくなってしまう」
-弊害があるということか。
「不妊症は本当に難しい病気で原因不明の患者も多く、だからオーダーメイドの治療が主流になる。現場としては、標準の治療を決められるとやりにくいというのが正直な感想だ」
質を担保できるのか
-今後の議論の行方をどうみるか。
「標準治療を決めるとなると、大変な議論になる。それぞれの医師が自分のやり方を標準だと思っているからだ。結局は混合診療を認めてもらうか、(保険適用ではなく)助成金の大幅増で良いじゃないかとなるのではないか」
-患者たちは施設間の技術格差の是正など治療の質の向上も求めている。
「保険適用が治療の質の担保になるとは思えない。学会が主導してガイドラインを作るだろうが、それで施設間の差が少なくなるか、いろんな医療機関が参入して差が広がるか、どうなるかは分からない」
杉山力一(すぎやま・りきかず)
1969年生まれ。東京医科大卒。2001年に不妊治療専門クリニックを開院。現在、東京都内で3施設を運営。日本受精着床学会常務理事。