子どもの野球離れに危機感 高校野球にも変化の兆し 球数制限、野球手帳…新潟県高野連が先駆けに

原田遼 (2019年7月28日付 東京新聞朝刊に一部加筆)
 子どもたちの故障やバーンアウト(燃え尽き)が問題になっている学校の運動部活動について見直しが進む中、エースが限界を超えて投げ続ける光景が常だった高校野球でも、変化が起きている。25日の全国高校野球選手権岩手大会決勝で、大船渡高はプロ注目の佐々木朗希投手をけが防止のため登板させずに敗退した。先月には日本高校野球連盟(日本高野連)の有識者会議が、投手の「球数制限」を提言することで一致。この流れを加速させたのは、新潟県高野連の問題提起だった。「トップ選手だけでなく、全球児をけがから守る体制を」と訴えている。

野球部員が2人しかいない分水高校。打撃練習をすると、守る選手がいなくなる

「球児の人口減、人口減少の6倍」に衝撃

 広い校庭に、白球が散らばる。新潟県燕市の県立分水高校の野球部員は3年生2人だけ。練習で1人が投げ、1人が打つと、打球を追う者はいない。10年前には県大会で3位に輝いた実力校だったのに、年々部員は減少。「寂しいです」。球拾いをしながら吉田勝斗(しょうと)主将がため息をついた。投手の柄沢瑞煕(みずき)君は「中学では同学年で5人が野球をやっていたけど、みんなやめたり、他競技に転向したり」と嘆いた。

 「子どもの野球離れが進んでいる」。県高校野球連盟会長の富樫信浩さん(58)がそんな声を耳にするようになったのは、2000年代に入ったころ。

 実態がつかめず、情報を集めようと07年、小学生から社会人まで各年代別にある野球の県連盟に声を掛け「新潟県野球協議会」を立ち上げた。年代別の団体が集まることは他競技では珍しくないが、野球界では異例の試みだった。

 協議会で情報交換や調査を重ね、県内で子どもの人口減少の6倍のペースで球児が減っていることが判明。「このままでは多くの学校で野球部がなくなってしまう。新潟では野球ができなくなる」。富樫さんは青ざめた。

無理な練習や選手起用が敬遠されていた

 なぜ野球をしないのか。子どもや小中高校の野球監督らにアンケートを取ると、こんな声が複数上がった。「投げすぎでけがをし、途中でやめてしまう」「壊れてもいいから勝つという美徳が敬遠されている」

 強くしようと無理な練習や選手起用が行われ、その結果、子どもたちが野球から離れていく。「根性論では野球離れを止められない」。ほかの年代の指導者らと交流したことで、野球を通した子どもの成長を長い目で考えるようになった。

野球離れ対策のために球数制限導入を提唱した新潟県高校野球連盟の富樫信浩会長

球数制限、県内では賛同が多かったのに

 昨年冬、県高野連は1つの改革案を導き出す。最も負担のかかる投手を守るため、1人が1試合に投げる球数は100球までとする「球数制限」を今春の県大会で導入することを決めた。

 県内の高校に事前に取ったアンケートでは67%が賛同。ところが、メディアで取り上げられると、全国から「野球が変わってしまう」「好投手を集めやすい私立が優位になる」など数十件の批判が届いた。

 上部団体の日本高野連も「全国一律で考えるべきだ」と懸念を示し、県高野連は撤回に追い込まれた。富樫会長は「野球の将来を考えた提案だったのに、議論が球数制限の是非にとどまり、残念だった」と振り返る。

指導者の意識は高まったが、高野連は?

 県高野連にとって球数制限は改革案の一部で、ほかの取り組みは地道に続けた。医師や他競技の専門家を招き、指導者の共同研修を実施。小中高校の球児に年一度、合同でひじの健診を行い、過去の通院や診断歴をカルテのように残す「野球手帳」も配布している。

 野球離れはまだ止まらないが、変化の手応えはある。今年5月の県大会決勝では、日本文理高が自主的に3人の投手を継投させて優勝した。「選手をけがから守る意識が、指導者の間で高まってきた」と部長の金子慧(さとし)さん(37)は話す。

 競技の存続は新潟だけの課題ではない。日本高野連によると、全国の硬式野球部員はこの5年間で15%、25000人減った。富樫会長は「日本高野連に危機感がないことがおかしい。地方だからこそ見える問題を共有し、一緒に改革を進めてほしい」と期待を寄せた。

球数制限とは

 昨年12月、新潟県高野連が1試合での1人の投球数を100球までに制限すると発表。日本高野連は「全国一律が望ましい」として撤回させ、今春、有識者会議を設置。会議は先月7日、1試合ごとでなく、大会終盤の数日間など一定期間の通算投球数に制限をかけることを、秋に提出予定の提言に盛り込むと決めた。甲子園では昨夏大会で準優勝した金足農高(秋田)の吉田輝星(こうせい)投手(現日本ハム)が決勝までの6試合で計881球を投げるなど、多投が頻発。後の選手生命への影響などが懸念されてきた。