コロナで子どもたちの絵が変わった 新百合ヶ丘の絵画教室 驚く指導者「小さな子でも世の中の危機感が分かるのか」

安田栄治 (2020年8月11日付 東京新聞朝刊)

アトリエ一番坂で油絵の制作に取り組む子どもたち

 いったん落ち着いたかに見えた新型コロナウイルスの感染が急激に広がっています。影響は長期化し、先行きは見えず、世の中に暗い影を落としています。こんな時だからこそ、沈みがちな心を奮い立て地域を明るく照らす人々を紹介します。

1977年創設、これまでに1000人超の子を指導

 ビルが立ち並ぶ街並み。その上空から1頭、また1頭と竜が舞い降りる−。11歳の少女が竜と街をモチーフにした油絵の制作に取り組んでいる。

 少女が読んできた小説の中では、竜は恐ろしく怖い存在とされることが多い。だが、人気アニメ映画で、人間を助けるヒーローとして描かれた竜を見た。新型コロナウイルスの恐怖におびえる街を4頭の竜が守るところを表現しよう、と少女は考えた。

 川崎市麻生区の小田急線新百合ヶ丘駅前。マプレ専門店街にある絵画教室「アトリエ一番坂」には、幼児から大人まで約50人が通う。主宰する舘岡豊照(たておかとよてる)さん(75)と妻の悦子さん(72)は1977年の創設以来、1000人を超える子どもを指導してきた。コロナ禍で子どもたちに生じた大きな変化には、型にはめず自由な発想を重んじてきた2人でさえも、驚きを隠せない。

 4月の緊急事態宣言から2カ月間は休講。宣言が解除されて再開すると、子どもたちは待ちに待っていたように通って来た。「外出自粛で不自由な生活を強いられ、やりたいことも我慢するしかなかったからでしょう」とみる舘岡さん。気が付いたのは、子どもたちの顔つきの変化だ。

「今感じているものを形に残そう、という顔つき」

 舘岡さんは「小さな子でも世の中の危機感が分かるのか、今感じているものを形に残そうという顔つき。一筆一筆に力がこもり、その気持ちが絵にも表れている」と言葉に力を込める。

街を守るために舞い降りる竜の絵を描いている鈴木美古都さん=川崎市麻生区のマプレ専門店街で

 竜の絵を描いている鈴木美古都(みこと)さん(川崎市立片平小学校6年)は当初、恐竜時代の火山をバックに竜を描くことを考えたが、ビルの合間に舞い降りさせた。美古都さんは「これまでは想像したものを絵にする勇気がなかった。でも、今は思ったことを描きたい気持ちが強い。人や街を助けようとする竜の姿を描きたい」。コロナ禍の社会に一筋でも光が差すことを望み、キャンバスに向かう。

 美古都さんの母親・由花さんは「モチーフを決めるのが難しくて悩む子でしたが、今は自分で考えたものを描きたいという意欲がある。外出自粛中にいろいろ考えたのだと思う。自分の今を残したいという気持ちと集中力の高さを感じる」と娘の成長に目を細める。

絵に残し、10年、20年後に振り返ることが力に

 川崎市立麻生小4年の吉田一晴(いっせい)君(9)は「丸いフロントガラスや車両の丸さを描くのは難しい」とこぼしながらも、想像上の丸みを帯びた地下鉄車両をモチーフに筆を走らせている。横浜市営地下鉄が新百合ケ丘駅まで延伸する工事が始まるのを心待ちにし「こんな車両が走らないかなと想像するのは楽しい」と語った。

丸い車両を描いている吉田一晴君(手前)を指導する舘岡さん

 舘岡さんによると、まだ小さい子の場合、直線的な絵になりやすい。「難しい曲線にチャレンジするあたり、一晴君にも今の自分の思いを大事にしたい気持ちが強まっていると感じる」

 子どもたちは、10月にマプレ専門店街で開催予定の「子どもの油絵野外展」に向けて、感染防止に努めながら作品制作に励んでいる。「将来、芸術家になる子は少ないですよ。教師や会社員、公務員、研究者…、何になるのかな」と見守る舘岡さん。「コロナ禍の今感じていることをこうして絵に残せば、10年後、20年後だって、絵を見て振り返ることができる。それはきっと、この子たちの力になる」。子どもたちの顔を見てうなずいた。 

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2020年8月11日