AEDと正しい知識が命を救う 次世代に伝わるメッセージ〈ASUKAモデルの10年・3〉

前田朋子 (2022年9月30日付 東京新聞朝刊)

弟の将来の夢は「救急救命士」

 8月中旬の蒸し暑い日、さいたま市北区の工務店を、市立大宮北高の1年と2年の男子生徒2人が訪れた。工務店の1階応接スペースにあった自動体外式除細動器(AED)を前に、1年生が「これは外の人が(工務店内に)入って使っていいんですか」などと社員に質問し、その様子を2年生が動画撮影した。

 1年生は、小学校の駅伝選考会で亡くなった桐田明日香さん=当時(11)=の弟、真さん(16)だ。自宅周辺でAEDがある場所を調べ、日本AED財団(東京)がスマートフォンのアプリで公開している「AEDマップ」の情報更新に協力している。

さいたまPUSHの講習会で、胸骨圧迫の方法を学ぶ桐田真さん(右)と吉成さん=さいたま市大宮区で

 明日香さんが急逝した時は5歳になったばかり。病室に横たわる姉の手を握った記憶がある。講演に出掛ける母の寿子(ひさこ)さん(51)に連れられ各地を訪れるうちに救命関係者と親しくなり、姉に起きたことや救命活動の大切さを理解していった。将来は救急救命士を目指している。この夏には心肺蘇生の普及活動を行うNPO法人「さいたまPUSH」の講習を受け、今月、認定インストラクターの資格を見事に取得した。

市教委は「命を救う教育」重視

 動画撮影していた2年生は、幼なじみの吉成竜之助さん(17)。中学時代に地域情報を発信するインターネットサイトを開設し、地元の歴史を調べるうちに事故を知って、真さんが明日香さんの弟だと気付いた。

 詳しく知りたくて寿子さんにも話を聞き、ASUKAモデルに尽力した人々らへ取材を始めた。真さんのAED情報更新の活動を撮影したのもその一環。9月30日にさいたま市教育委員会が市文化センターで開く「ASUKAモデルフォーラム」へ高校生代表として参加し、取材映像の一部を発表する。

 さいたま市教委はASUKAモデルを作成した後、命を救う教育に力を入れてきた。2014年度に市立学校で心肺蘇生法の実習を年間指導計画に入れ、その後、小学5、6年生で市消防局の救命入門コースを受講、中1で公的資格の「普通救命講習Ⅰ」の修了証を取得できる体制を整えた。

 真さんも吉成さんも、その教育を受けた世代。真さんは、吉成さんら同世代が明日香さんや救命に興味を持つことを「弟としても、救命士を目指す身としてもうれしい」と語る。まだ救命処置で人の体を傷つけてしまうことを恐れる人も多いと感じていて、「正しい知識を身につけてもらえるよう普及に取り組みたい」と話す。

メッセージは広がり、芽吹いて

 ASUKAモデルは誕生して10年で全国に広がり、その中に明日香さんの記憶も生き続けている。今年3月には、すべての教職を目指す大学生にAEDの実習などを通し応急救命措置の知識を付けさせることを明記した「第三次学校安全の推進に関する計画」を政府が閣議決定した。

 事故当時を知る教職員は定年退職などで減り、今後、救命教育が形骸化する恐れは拭えない。しかし、ASUKAモデルのメッセージは若い世代に確実に伝わっている。その様子を、寿子さんは明日香さんが小学5年生の時に詠んだこの短歌に重ねる。

寿子さんが大切にしている明日香さんが残した和歌

 たのしみは きれいな一輪のたんぽぽが わたげになって飛んでゆく時

 「明日香の残した『みんなを守れるように』という思いが綿毛のように広がり、芽吹いてきた」

ASUKAモデルとは

  桐田明日香さんの事故を教訓に、さいたま市教育委員会が2012年の命日に完成させた教職員用事故対応マニュアル。倒れた人の呼吸の有無がわからない場合なども迷わず胸骨圧迫(心臓マッサージ)と自動体外式除細動器(AED)装着を行うよう促した点が、当時の一般的対応と比べて画期的だった。現在は市や教育現場を越えて各地で活用され、医学的にも国際的に広がりつつある。AEDは、倒れた人の胸にパッドを張ると自動で心電図を調べ、必要な場合に電気ショックを与える装置。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2022年9月30日