7割の失敗を受け入れるために準備する 鉄人・鳥谷敬さんのメンタル調整法〈アディショナルタイム〉
緊張の正体は「準備ができた証拠」
鳥谷さんは野球教室やトークショーで子どもたちと接するとき、必ずと言っていいほど、同じ質問を受けるそうです。
「『打席でめちゃくちゃ緊張してしまうのですが、どうしたらいいですか』とか『試合で緊張しない方法を教えてください』とか、緊張について、よく聞かれますね。そういうとき、自分はまず、緊張するのが悪いという認識をやめてほしいと伝えます」
―緊張するのはいいことなんですか?
「はい。緊張するということは、結果を残すためにちゃんと準備をしてきた証拠なんですよ。例えば、学校のテストを考えてみてください。勉強していかなかったら、ダメだと分かっているので緊張しないですよね。結果を出せる見込みがなかったら、緊張なんてしないんです」
―確かにそうですね。
「準備をしたからこそ、『勉強したことをちゃんと答えられるかな』とか、『覚えたことを忘れていないかな』と不安になる。それが緊張の正体です。だとすると、緊張は『ちゃんと準備ができてます』というサイン。全然、悪いものではありません」
―でも、緊張して失敗してしまう人は多いですよね。
「それは『緊張するのは悪いことだから、緊張しないようにしなきゃ』と余計な神経を使ってしまい、本来やらなければいけないことを忘れてしまうからです。自分なら『緊張は準備ができたという証拠だから、まずはその緊張をいいものと捉えよう』『しっかり準備をしたから緊張するんだ。結果を出すだけの努力をしてきた証拠なんだ』と考えます。そうすると、良い緊張感の中で自分がやるべきこと、今できることに集中できると思いますよ」
緊張をポジティブに捉えるのは、熱狂的な甲子園球場の観客の前でプレーをし続けた鳥谷さんだからこそでしょう。スポーツに限らず、これから受験する子どもさんにも役に立つ考え方だと思いました。
「自分のところに飛んでくるな!」
―先ほど、準備という言葉が出ましたが、鳥谷さんも緊張しないように日ごろから準備を重ねてきたのですか?
「はい。自分は練習中にいつも『自分のところに打球が飛んでくるな!』と思いながら、ノックを受けていました」
―すみません。『飛んでくるな!』と聞こえてしまいました。『飛んでこい!』と思って練習したんですよね?
「違います。逆です。飛んでこないでくれ! と思いながら、練習をしていました」
―どういうことでしょう。
「ある試合で、9回裏2アウト満塁のピンチになったことがあって。そのとき、もし、自分のところに打球が飛んできてエラーをしたらどうしよう、サヨナラ負けになってしまうって怖くなったことがあったんです。それで、『自分のところに飛んでくるな! 他のところに飛んでくれ!』と思ってプレーしたんですね』
―鳥谷さんでもそんなふうに考えるんですね。
「自分のことって、分かっているようで意外に分かっていないものです。そのとき、『ああ、自分にはそんな弱い部分があるんだ』と知って。いざというとき、飛んでこないでくれと思う弱さがあるのなら、普段からそう思って練習すればいい、と。それからは現役最後までずっと『自分のところに飛んでくるな!』と思いながら、ノックを受けていました」
自分の弱い部分を知って、どうしたらいいかを考え、練習を続けた鳥谷さん。筆者は鳥谷さんのことをメンタルが強い人だと考えていましたが、そうではなく、あらかじめ準備して、弱い部分をカバーしてきたというのは意外でした。
一流でも成功は3割、ということは
「考えてみてください。野球って、一流の打者が3割しか打てないんですよ。ということは、7割は失敗するんですよ。その7割を受け入れるために、自分は準備をしていました」
―具体的にはどうしたのですか?
「失敗したとき、どうしたら次の失敗を避けられるかと考えました。考えて、たどり着いた答えは、『同じミスをしないために良い練習はないか』『明日はグラウンドでこういう練習をしてみようか』と、明日やることを考えることでした。いくら過去を振り返っても、失敗が成功に変わったりしません。落ち込んで、失敗を引きずっても仕方ない。常に明日のことを考えると、前を向けることに気付いたんです」
―前を向き続けるのも、7割の失敗を受け入れて準備するのも、簡単ではなさそうです。
「もっと大切なことは、自分なりのやり方を自分でつかむことです。野球でも同じ準備が成績につながるなら、成績を残す選手は全部同じ打ち方、同じ投げ方になるはずですよね。でも、プロ野球を見ても、そうなっていないじゃないですか。どの方法が成功するのか、自分で試して、自分のやり方を大切にしていってほしいですね」
自分の価値は自分で決めるんです
淡々と話すにもかかわらず、熱い鳥谷さんの言葉が胸に刺さります。
「気にして何かが変わるんだったら気にするんですけど、気にしても何も変わらないので」
「力があってプロに来ても、指導者の意見や他人の評価に左右されてしまって、消えていった人をたくさん見てきました」
「他人の評価だけを基準に考えると、他人に振り回されてしまう。他人の評価なんて意味がない。自分の価値は自分で決めるんです」
自分のことは自分で決めるー。鳥谷さんが今の考え方に至ったのには両親の影響が大きかったそうです。「小さい頃から『自分で選択して、自分で決めなさい』って親に言われて育ちました。とても感謝しています。選択して自分で責任を取るって大事なことで、人に言われたからとか、何かのせいだとか、言い訳ができなくなるんです。自分の場合、それが準備につながってきたんですね」
今回のインタビュー中、鳥谷さんが一貫して言い続けたのは、準備の大切さでした。筆者は「努力」という言葉を使わず、「準備」と話すところに鳥谷さんの思慮深さを感じました。「努力」という精神論をかざされても、言われた方は漠然として何をしたらいいか分からないものですが、「準備」と言われると、次に行動するイメージが具体的に湧きやすくなります。言葉選びや答えの内容の濃さに、驚かされてばかりの取材となりました。
子どもがだらだらしていたら…
―うちには高校2年生の息子がいるのですが、部活でも勉強でも全く準備をしていないように見えて、つい、口を出してしまうんですよね。先日もケンカしてしまいました。
「そうですか(笑)。うちも高校1年生の子どもがいますが、だらだらしていても、自分は何も言わないですよ」
―本当ですか? 何か言いたくなりませんか?
「全くならないです(笑)。他にも親御さんから『うちは子どもがやる気なくて…』という話を聞きますが、うーん、何て言えばいいんでしょうね。そう、例えば、子どもの学校で運動会があるとするじゃないですか。親が出る種目があるとき、どうします? 自分は全力で走ります。それはもう全力で走ります。リレーで他の保護者をごぼう抜きしたこともありました(笑)。中には手を抜いて全力で走らない人もいるんですけど、子どもが見ているじゃないですか。親が全力でやってなかったら、子どもは全力でやらないですよ」
―うーん、耳が痛い話です。子は親の背中を見て育つと言いますよね。
「一般的に、親が時間にルーズだと子どもさんもルーズになったりするものです。それを見て、それがいいものだと思っているので。だから、親がしっかり準備をしていたら、子どももそれを見て、『あ、準備は大切なんだな』と思うはず。親が全力でやっていたら、『じゃ、自分も全力でやってみようかな』って思うはずですよ。言葉で言うのではなく、親が普段、子どもに見せる姿も大事だと思っています」
最後は見事に鳥谷さんに一本取られましたが、筆者と同じようにドキッとした人は多いのではないでしょうか。体をシャープに保つことから、手を抜かず、準備する姿勢を見せることまで。親が子どものためにできることはまだまだたくさんあると気付かせてもらえた取材になりました。鳥谷さん、ありがとうございました。
鳥谷敬(とりたに・たかし)
1981年、東京都出まれ。2004年に早大からドラフト自由枠で阪神に入団。2020年からはロッテでプレーし、2021年限りで現役引退した。阪神時代の1939試合連続出場はプロ野球歴代2位(667試合連続フルイニング出場は遊撃手記録)。2013年WBC日本代表。ベストナイン6回、ゴールデングラブ賞5回受賞。通算成績は2243試合で打率2割7分8厘(2099安打)、138本塁打、830打点。
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