無料塾を続けるのは「ムカついた」から お金がないと学びが奪われる現状 学校教員は”ブラック職場”のまま、公教育費は先進国最低レベル
授業料はゼロ、先生はボランティア
「これは分からない? じゃあ、まず太陽から見るとどっちになる?」「そっか、先生、分かったかも」
受験を間近に控えた中学3年生5人が机に座り、理科の問題に向き合っていた。Tシャツ姿の男性がそばに立って腕組みをしながら、1問ずつ解説していく。
先月中旬の日曜午後6時すぎ、東京・中野駅から歩いて10分ほどの公共施設「なかのZERO」3階の学習室に、中学1~3年の20人が集まっていた。その横には現役高校生や外資系の会社員、中央省庁の官僚、元高校教員など10~60代の「先生」が付き、休憩を挟みながら午後9時まで指導する。
「授業料はゼロ。先生はボランティアです」。問題集や参考書がぎっしり詰まったキャリーバッグを、フリーライターの大西桃子さん(42)が開けた。2014年4月から始めた「中野よもぎ塾」は、経済的事情などで塾に通えない中学生を対象にした「無料塾」と呼ばれる取り組みだ。
きっかけは9年前にさかのぼる。中野に住む大西さんは知人の小中学生の姉妹の家庭教師を頼まれ、衝撃を受けた。「下の子は小4だったが、小2から教科書を一度も開いていないようだった。問題文の意味を一つも理解できなかった」
背景にあったのは、通っていた区立小の学級崩壊。私立中学受験を目指す一部児童らが授業中に騒ぎ、教員が次々と休職して授業が成立せず、塾に行けない子どもたちが取り残された。
シングルマザー、非正規、コロナ禍
「どんな理由で学習環境が奪われるのかは予測がつかない。お金がないと機会を取り戻せない事態にムカついたんです」。出版社を辞め、無料の塾の構想を固めた。飲み仲間や大学の後輩に声をかけ、十数人のスタッフで始まった。今は総勢100人が協力する。
生徒の募集をかけると定員25人がすぐに埋まる。毎年、半分がシングルマザー、きょうだいが3人以上いる家庭も多く、1人っ子は2割程度。「非正規の仕事をしている親が多い。新型コロナウイルス禍で困窮して『味のついたものが飲みたい』と漏らした子もいました」
大西さんは公立の中学校が抱える問題とも向き合ってきた。「学校の教員は忙し過ぎて児童一人一人を指導できない。1クラス25人でも、1人で教えるのは絶対無理」。進路指導も「不合格を出さない」ことが最優先されているように感じる。「うちに通うようになって成績が上がった生徒に『絶対うかる』と教員が薦めたのが、お金さえ出せば入れるような私立高。希望する高校の受験を認めてもらえず、泣きながら相談に来た子もいます」
これは応急処置「学校を変えないと」
日本は教育への公的な支出額が先進諸国の中でも最低水準にある。少人数学級は実現せず、教員の労働環境は長時間勤務に追われる「ブラック職場」とされ、なり手不足は深刻だ。
「とにかく学校を変えないと。無料塾は応急処置。けがが重くなる前に何とかしないといけないのに…」。大西さんはずっと怒っている。「行政には期待できない。これまでもそうだった。ムカつくから続けていることに気付いてほしい」
無料塾とは
経済的な事情で有料の塾に通っていない児童生徒を対象に補習や進学指導を行う学習支援。講師はボランティアで、公民館など公共施設で夕方から夜に開かれている。首都圏各地にあり、東京都中野区では10程度の団体が活動している。運営資金は寄付が中心で、行政が事業を委託している場合もある。
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