シンガーソングライター 小谷美紗子さん 世界で一番尊敬する女性、おばあちゃんの姿が道しるべ
おばあちゃんを悲しませたくない
―小谷さんの歌には、「おばあちゃん」が時折登場します。
両親が働いていて、6歳上の姉と5歳上の兄とは年も離れていたため、小さい頃はおばあちゃん子でした。世界で一番尊敬している女性は、94歳の母方の祖母です。
祖母は戦後まもなく、長女である私の母(76)を徳島に置いて四国を出ます。赤子だった次女を連れて本州に渡り、働き口を探して転々とし、最終的に京都の山奥に住まいを得ました。その後、幼い母を迎えに行ったそうです。
わが子と離れ離れになるという体験をしたのに、祖母は「たいそうなことではない」という態度を貫き、ことさらにつらさを語ることはありませんでした。「ありがたい、ありがたい」が口癖で、人を責める姿を見たことがありません。過酷な時代を生きた上での優しさだと感じます。祖母を歌った曲はいくつかあります。最新アルバムの「終戦の船出」という曲は、祖母の体験と生きる姿勢から生まれました。
そんな祖母に「美紗子は優しい子だ」とよく言われました。私は特段優しい子ではありませんが、「おばあちゃんの言う通りの優しい子でいよう」と思っていました。人を恨んだり、憤ったりして、道を踏み外しそうになっても、「おばあちゃんを悲しませたくない」という思いが私をとどまらせてくれる。そんな存在です。
父と母が人を許す姿を見て育って
―共働きだったというご両親は、どんな方たちだったのですか。
不動産業をしていた父(79)と、70すぎまで看護師として働いた母。2人とも、人を許せる人でした。1回の過ちで縁を切ることはなく、反省してやり直そうとする仕事仲間や友達、地域の人に温かく接する姿を見て育ちました。そんな両親の人との付き合い方にも影響を受けました。
私は虐待や政治など社会事象への憤りを込めて歌詞を書く時に、最初は「(批判する)相手の心を折ってやる」と思っています。でも背景を考え始めると、誰に怒ればいいのか迷い、最後は救われる言葉を探してしまいます。虐待をテーマにしても、加害者だけを痛烈に責めきれない。自分の弱さでもあり、良さでもあり、幼い頃から見てきた両親の生き方にも重なります。
私はこうする。あなたはどうする?
―小谷さんの楽曲は、重いテーマを扱いながら、どこか救いがある曲も多いように思います。映画の主題歌となった新曲「眠れない」もメロディー自体は軽やかです。
「君は永遠にそいつらより若い」は、ネグレクト(養育放棄)や暴力などシリアスなテーマが根底に流れる映画です。こうしたテーマで原作を書かれた津村さんと、この作品を映画にしようというスタッフの勇気に感動しましたし、その思いに負けないように、携わった人たちの気持ちに報いるような、応援歌のような歌にしたいと思いました。
ただ、聞いてくれた相手の心にスッと入っていかないと、何を歌っても意味がありません。この歌だけではなく、曲を書く時はいつも、説教くさく、押しつけがましくならないように、「自分はこうする。あなたもしてみる?」「自分はこうする。あなたはどうする?」というスタンスで書くようにしています。
ネグレクトや、義理の父親の虐待によって亡くなる子どものニュースに触れるたび、初めはどうしても「母親は何をしていたの?」と責める気持ちが生まれてしまいます。でも、母親の置かれた状態が分かってくるにつれ、もっと大勢の人で、広い視野でその親子を支えていかないといけないと強く思います。親子ともども救わないと、虐待の問題はずっと解決しないと感じています。
離れても、一家の精神的な要は自分
―今年でデビュー25周年を迎えます。19歳でデビューしたときのこと、上京して以来、ずっと離れて暮らす家族への思いを聞かせてください。
小学校高学年から曲作りをするようになり、家でも歌っていました。父はデビュー時、「おまえはピアノの弾き語りと曲作りは天才だ。ただ、世間に受ける歌詞を書く才能は欠けている。人と違う視点でものを見すぎているから売れないだろうが、いつか認められる日がくるから、気にせず思いのままやればいい」と送り出してくれました。
家族と離れ東京を拠点にしていますが、一家の精神的な要は自分だと思っています。もめごとが起きた時、父が人の話を聞かない時、間に入るのは私です。余裕がないと要でいられなくなるので、自分が元気で幸せじゃないとダメだと思って生きています。
小谷美紗子(おだに・みさこ)
1976年、京都府生まれ。1996年にシングル「嘆きの雪」でデビューし、ピアノの弾き語りを中心とした楽曲を多く発表。2005年からは、ドラマー玉田豊夢さん、ベーシスト山口寛雄さんとトリオでの活動も。2019年にはアルバム「yeh」をリリース。9月17日公開の映画「君は永遠にそいつらより若い」では、主題歌「眠れない」を歌う。
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