相川七瀬さん 3人の子どもに導かれ、40歳を過ぎてから大学へ

吉田瑠里 (2021年2月21日付 東京新聞朝刊)
子育て世代がつながる

家族のこと話そう

写真

(岡本沙樹撮影)

19歳の長男、13歳の次男、8歳の長女

 19歳の長男と13歳の次男、8歳の長女。3人の子どもたちは、私に元気をくれる存在です。「できない」と思ったとしても、頑張って、諦めずにやろうとする。次男は小学生時代、学校で漢字検定を取るように言われ、何度落ちても勉強を続けていました。くじけず、泣いたりもしながら、やっと5回目で合格しました。そういう姿を見ると、何事も継続すれば必ず壁を乗り越えていけるんだな、と考えさせられます。

 長男が中学3年の時、私は「海外から自分の国を見てほしい」と思い、また英語も身に付けてほしくて留学を提案しました。ニュージーランドへ行かせましたが、最初は英語を聞き取れても、返事できない、しゃべれない、と大変だったと思います。しかし、中国人の留学生の親友もできて4年間を過ごし、向こうの高校を卒業しました。学校や国によって課されることは違いますが、それを越えてやり遂げる。子どもの適応力に驚かされます。

歌手デビューのため高校中退したけど

 私は昨年4月、国学院大神道文化学部に入学しました。歌手デビューのため高校は2年で中退しましたが、20代から興味のあった神社のお祭りや地域社会の仕組み、これから自分が何を提示できるのかを一から学んでみたくなり、40歳を過ぎてから高卒認定試験の勉強を始めました。数学などは全くできなかったので家庭教師に来てもらって基礎からやり直し、1年以上を費やして合格しました。

 2018年から毎年のクリスマスには、横浜市の神奈川県立こども医療センターを訪問しています。知人を介して知り合った新生児集中治療室(NICU)の先生から「赤ちゃんとご家族の初めてのクリスマスだから、暗い気持ちで迎えてほしくない」と、コンサートをやってくれないかとお願いされたんです。私の娘も生後2日目に調子が悪くなり、別の病院のNICUに1週間ほど入院して点滴などの治療を受けました。NICUにお世話になった家族として恩返ししたい、またクリスマスの雰囲気を少しでも感じてほしいと思っています。

無理?いや、やろうとすれば道は開く

 NICUで小さな赤ちゃんと出会うと、12歳離れた私の妹が1000グラムくらいで生まれた記憶もよみがえります。当時、小学生だった私は「大丈夫かな」と妹から目が離せませんでした。そんな妹も今は元気に母親になり、医療が救ってくれることの大きさを改めて感じています。

 大人になると、できなさそうなことは無理だと言って、やらない選択をしてしまうことも多いと思います。しかし、やろうとすれば何か道は開けると、子どもたちからたくさん教えてもらっています。

相川七瀬(あいかわ・ななせ)

 1975年、大阪市生まれ。1995年、「夢見る少女じゃいられない」でデビュー。昨年9月にリリースした新曲「元気の歌」は日本看護協会の「Nursing Now キャンペーン」公式ソングで、BS日テレで毎週日曜に放送中のミニドラマ「Memories~看護師たちの物語~」の挿入歌。

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