女優 古村比呂さん がんも離婚も、3人の息子にすぐに伝えました

(2021年1月10日付 東京新聞朝刊)
子育て世代がつながる

家族のこと話そう

写真 古村比呂さん

「俺のこと信用できないの?」

 3人の息子は成人し、もう社会人です。男の子の子育ては面白いし、ありがたい経験だったなと思います。

 長男は初めての子だけに気を使いました。小学6年の頃、友人たちと電車を乗り継いで催しに出掛けた時は、初の遠出だったので心配で。行く前に「大丈夫?」と聞くと、「俺のこと信用できないの?」と返されてハッとしました。子どもと距離を置くタイミングなんだ、何かあることも覚悟の上で送り出さないといけない、と教えられました。

 同じ頃、1歳下の次男が長男と大げんかをしました。眼鏡をかけた長男のことを次男が「メガネザル」と言い、取っ組み合いに。とことんやらせてみようと様子を見ていたら、ふと終わった。体格で勝る次男が「勝ったらいけない」と思って手を止めたそうです。兄弟それぞれの立場を確認し合えたのか、それ以降けんかはなくなりました。

正直に伝えることの大切さ

 次男の4歳下の三男は、人の気持ちを和ませるのが上手。小学6年の頃、私が落ち込んでいると、「外したコンタクトレンズを貸して」と言ってきて自分の乳首の上にのせました。ピタリとはまった様子と発想が面白くて大笑い。「ママがそんなに笑ったの久しぶりだね」と言われ、今度は大泣きしつつ大笑い。苦しい時も笑っていたいと思うようになりました。

 9年前に子宮頸(けい)がんが分かった後も、笑うことを実践しました。手術の前にお気に入りの映画のDVDを家族で見て、思いっきり泣き笑いしました。

 その手術で子宮頸部を一部切除したところ、がんが組織内に入り込んでいることが分かり、子宮を全摘出することに。病院で説明を受けたその日に子どもたちに話しました。当時3人は14~19歳で、真剣に聞いてくれました。すぐに伝えたのは、その3年前に離婚を決めたと報告した経験があったから。1人ずつ話したのですが、3人とも「話してくれてよかった」と。子どもたちに気を使わせていたことを知り、正直に伝えることが大切だと学びました。

入院中に家事を任せたら…

 私が入院中は、子どもたちに家事をするよう提案しました。家族みんなで、がんに立ち向かった証しを残したかったのです。3人とも快諾し、私が退院して2週間ぶりに帰宅すると、意外なほど部屋は片付いていました。

 がんが再発した時、長男が一緒に医師の説明を聞いてくれて安心しました。抗がん剤の副作用で気分が落ち込んだ時は、三男が「そんな日もあるよ」と励ましてくれました。3人とも私より大人。私が育ててもらっていると感じるくらいです。男の子は「お母さんを笑顔にしたい」という気持ちを根本的に持っているのでは。結婚してもマザコンの男性がいるのも仕方ないなと思うようになりました。

古村比呂(こむら・ひろ)

1965年、北海道生まれ。1985年にデビューし、NHK連続テレビ小説「チョッちゃん」などに主演。2012年、子宮頸がんと診断され、子宮を全摘出した。2017年に再発、さらに再々発し、抗がん剤治療を受けたが経過良好で休止中。自身の闘病生活をブログで発信し、がん経験者の交流会などを行う一般社団法人「HIRAKU人にやさしいプロジェクト」の代表理事も務める。

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