〈子どもが頭を打ったら 前編〉転んだのに「虐待の可能性」8カ月も離れ離れ 目撃者なき家庭内事故で「一時保護」
「虐待していません」訴えは届かず、1歳の長男が一時保護
「虐待の可能性があるので、お子さんを一時保護します」
2017年10月末、東京都内の病院。児童相談所の職員から告げられた言葉に耳を疑った。「虐待はしていません」。若山伸二さん(40)と景子さん(40)夫妻=23区在住、いずれも仮名=は必死で訴えた。
納得できないまま病室に戻ると、ベッドにいたはずの長男(当時1歳0カ月)がいない。すでに職員に保護された後だった。
つかまり立ちの時期、前日も転倒 よくあることと思ったら
長男が病院に運ばれたのは8月半ばの朝。伸二さんは不在で、哺乳瓶を洗っていた景子さんにつかまって立とうとした長男がバランスを崩し転倒。後頭部を床で打った。手足のけいれんに続き、顔が青白くなり、動かなくなった。その間5分の出来事だった。
病院に運ばれた長男は、すぐに開頭手術を受けた。急性硬膜下血腫と重度の眼底出血と診断され、病院は「虐待の疑いがある」と児相に通告した。
当時、長男はつかまり立ちを始めたばかりで、受傷の前日にも転んで数回頭を打っていた。景子さんは「この時期には、よくある転倒。虐待と判断されるとは考えたこともなかった」と振り返る。
児童相談所「繰り返し頭を打つ環境自体が、保護の対象に」
一時保護を経て乳児院に入所した長男に、夫妻が面会できたのは翌年3月。同年6月に自宅に戻ってからは夜泣きがひどく、悲鳴を上げて起きることも。不安定な状態はしばし続いた。
伸二さんは「虐待を見逃せないのは分かる。でも問答無用で引き離すことも、子どもや親にとっての虐待ではないか」と声を詰まらせた。
子どもが転び、頭を打つ事故はどの家庭でも起こりうる。場合によっては重い障害が残り、最悪死に至ることもある。こうした中、保護者が虐待を疑われ、一時保護されるケースがある。
児相関係者は「受傷原因が判明しない場合は、取り返しのつかない事態になることを恐れ、子どもを保護することが多い」と話す。若山さん夫妻のケースを担当した児相職員も「繰り返し転倒して頭を打つ環境自体が、安心・安全を確保できているとはいえず保護の対象」と説明したという。
小児脳神経外科医「2歳までは簡単に頭蓋内出血することが」
「赤ちゃんが頭を打った、どうしよう!?」(岩崎書店)の共著や「さらわれた赤ちゃん 児童虐待冤罪被害者たちが再び我が子を抱けるまで」(幻冬舎)の著書のある小児脳神経外科医の藤原一枝さん(75)は「乳幼児期に頭を打たないように気を付けることは非常に重要」と話す。その上で、「乳幼児の頭部外傷の全てに虐待の疑いがかけられている現在の制度には問題がある。2歳までの乳幼児は、転倒や落下で簡単に頭蓋内出血することがあり、虐待と間違えてはいけない」と指摘する。
第三者の目のない家庭で起きた子どもの頭部の受傷事故を「虐待」と推測し、一時保護を妥当とする根拠の一つになってきた理論がある。しかし、国内外の研究などでこの理論に疑問符がつき、虐待事件をめぐる司法判断が揺れ始めている。
一時保護とは
児童相談所長または都道府県知事らが必要と認めた場合、児童相談所が子どもを一時的に保護する行政処分。期間は原則2カ月以内。親の虐待など、家庭から緊急に引き離す必要がある場合などに行われる。
→〈子どもが頭を打ったら… 後編〉相次ぐ無罪判決、虐待判断の”SBS理論”に疑問 「疑わしきは親子分離」でいいのか
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