〈坂本美雨さんの子育て日記〉43・生きた心地がしない…を初体験 娘が大きなけがをした
幼なじみの家でお風呂に入っていたら
先日、娘が大きなけがをしてしまった。きっと親でいるうちにいつかは皆味わうのであろう、生きた心地がしない、という気持ちを初めて味わった。
幼なじみの家でいつものようにお風呂に入っていて、目を離しているときに滑って転び、パックリと顎の下が切れ、血だらけになっていた。夜間救急の病院を調べ、急ぐ車の中でふと見ると自分の指の隙間に血の跡がついていて、なんともいえない気持ちになった。
救急で「縫いましょう」と拘束されて
救急の病室で先生が傷口をのぞき込み「あぁ…」と脱力したのが忘れられない。「縫いましょう」と一言。網のようなものでベッドにきつく押さえつけられ、泣き叫びながら縫われる娘。もちろん麻酔は効いているので処置は痛くはないはずだが、なによりも拘束されていることと、縫われている箇所以外の顔が覆われて見えないことが怖かったらしい。
思えば彼女は産まれたての頃から、おくるみでギュッと包まれたりすることが大嫌いだった。赤ちゃんは丸くギュッと包まれるのがおなかの中にいるときのようで安心する、と聞いていたのに、包んでも包んでも、バリーーーン!とアメコミのキャラクターの衣装が筋肉ではち切れる瞬間のように解いてしまうのだった。安心、どこいった? しかし妊娠中も強い足でおなかのなかを蹴り上げられていたのは、私を押さえるな! 自由にしろ!というその頃からの強い意志だったのではないか。そんな彼女が拘束され、泣き叫びながら縫われている。痛い、ではなく、「あし!これやめて!」と。お母さんは部屋の外にいてくださいね、と言われているので廊下でなす術(すべ)もなくうずくまるしかない。ごめんね、と涙が出てくる。
「泣いて傷見られなかったんだよね」
処置はあっという間に終わり、彼女が大好きなポケモンの動画を見せて気を紛らわせているうちに、眠りに落ちた。次の日にはもう元気に走り回り、案の定「ギュッてしばられたの!」と周りに語っていた。そして「ママはね、泣いて傷見られなかったんだよね」と言ってニヤニヤ笑う。
この傷痕は、残るだろうか。どんなふうにけがをしたのかは忘れるんだろう。母はきっと忘れられない、あの指の間に残った血と、無力感を。傷痕はきれいに消え去ってほしいけれど、もしも彼女にうっすらと記憶が残るとしたら、あの母の慌てっぷりだけを思い出してまたニヤニヤしてほしい。(ミュージシャン)
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