臓器移植がコロナ下で減少 「順番待ち」の母は3人の子を残して… 感染対策に追われる病院の苦悩 〈岐路に立つ臓器移植・下〉

(2021年9月21日付 東京新聞朝刊)

臓器移植を待っていた友人から記者に届いたメッセージ。約1カ月後に亡くなった(一部画像処理)

脳死での肝移植 見つからないドナー

 脳死での肝臓移植を待っている-。

 昨年5月上旬、記者のスマートフォンに、小学校以来の親友=当時(40)=からメッセージが届いた。新型コロナウイルス流行の第1波真っただ中だった。

 彼女は生後間もなく、肝臓でつくられる胆汁の流れが滞る難病「胆道閉鎖症」を発症。高校卒業後の1988年、父親から生体肝移植を受け、10年ほど前に結婚。働きながら小学生の子ども3人を育てていた。

 「再移植が必要」と言われたのは昨年2月。次第に肝機能が低下し、黄疸(おうだん)が出るようになっていた。東海地方の病院で、脳死下での臓器提供を受けることになり、日本臓器移植ネットワーク(JOT)に登録。そうした中で送られてきたメッセージには「子供たちのためにも絶対元気になるよ!」と添えられていた。

 しかし、6月下旬に吐血し、救急車で運ばれた。当初は意識があり「子どもが心配。帰りたい」と夫(44)に訴えたという。脳内出血を起こしたのは約1週間後。願いはかなわなかった。

 夫は、移植手術を受ける予定でいた病院の関係者から、コロナ禍でドナー(臓器提供者)がなかなか現れないと聞いていた。「どれぐらい待つか、分からない」と。「移植は最後の望みだった」と肩を落とした。

前年の3割減 病院の面会制限が壁に

 JOTによると2020年、脳死下での臓器提供数は68件。2019年の97件から3割減った。特に流行の第3波に見舞われた12月はゼロ。一因として挙がるのが、感染対策として病院での面会が厳しく制限され、家族の脳死への理解が進まなかったことだ。本人の意思が不明でも、家族の承諾で臓器を提供できるようになった2010年7月から2021年9月17日までの提供数692件の約8割は家族の同意による。

 患者の脳死判定をし、臓器を提供できる施設は大学病院や救命救急センターなど約900施設に限られる。高度医療を担うそうした施設で、コロナ重症者に人が割かれたことも大きい。

「ドナー候補者いたのに中止」の例も

 日本救急医学会が昨秋、救命救急センターを持つ全国290病院に聞いたところ、212施設が回答を寄せた。感染が広がった昨年3月以降に「ドナー候補者はいたものの、提供中止となった」という回答は23施設にも。理由として、うち3施設が「コロナの関係であえて提供しない方針だった」と答えた。自由記述欄には「コロナ対応に追われ、臓器提供対応が難しくなった」「マンパワー不足で、臓器提供につながらないような病状説明を(家族に)してほしいと暗に言われた」などの書き込みもあった。

 ドナーが出れば、各地の病院から医師3~4人でつくる臓器摘出チームやJOTの職員ら計30人ほどがやってくる。感染対策のため「一部受け入れ制限を行っている」と答えた病院は23施設、「すべて受け入れていない」とした病院も5施設あった。調査をした日赤愛知医療センター名古屋第二病院第一救急科部長の稲田真治さん(56)は「最初は分からないことも多く、各病院とも感染対策との両立に悩みながら対応したのではないか」と話す。

コロナ下でも臓器提供した病院のケース ドナー意思の実現は「譲れない一線」 病院間が連携できる態勢を作るには?

臓器提供の意思表示は、日本臓器移植ネットワークの登録カードのほか免許証、保険証の裏面にも記載できる

家族が事実を受け入れるため、入室許可

 新型コロナが猛威を振るう中、脳死下での臓器提供を行った病院は、どのように対応したのか。

 名古屋掖済(えきさい)会病院(名古屋市中川区)は6月下旬、低酸素脳症で入院中の10代男性に対し、脳死判定を実施。翌日、心臓と肺、肝臓が摘出され、九州や関西などの病院で4人の患者に移植された。

 名古屋掖済会病院は感染対策として昨春から、患者の家族であっても集中治療室(ICU)に入るのを禁じている。しかし、男性の家族には1日2回、30分ずつ入ってもらった。脳死に陥ると、回復は望めない。その事実を家族が受け入れるには、言葉だけでは不十分だ。本人の姿を見ながら、説明することが欠かせない。

 JOTとドナー家族の間を取り持つ院内移植コーディネーターとして働く救急医の萩原康友さん(34)は「ただでさえ大きなショックを受けている家族に臓器提供の選択肢を伝え、脳死判定の実施や提供について同意を得るには、きめ細かい配慮が必要」と指摘。「家族と顔を合わせ、コミュニケーションを重ねることの大切さはコロナ下でも変わらない」と話す。

治療、判定、管理…脳外科医に偏る負担

 一方、国内で脳死下での臓器提供、移植が大きく増えない大きな理由は、態勢にあるという指摘もある。

 名古屋掖済会病院では、これまで7例の脳死臓器提供を手掛けてきた。しかし、最初の1例を実施後、2018年までの15年間は空白だった。

 副院長の北川喜己さん(62)によると、ドナーの主治医は脳外科医であるケースが多い。考えられる治療を全てした上で、家族に臓器提供の選択肢を提示。判定後には、臓器摘出までの全身管理も任される。「脳外科医に負担が偏っていることが臓器提供、移植を遠ざける一因になっていた」と北川さんは言う。

 現在、名古屋掖済会病院の救急医は脳外科医の倍以上。そこで2017年以降、脳死と判定された患者の管理は救急医が行うように。臓器提供の態勢づくりを進め、提供時に家族に対応したり、外部との連絡調整役を務めたりする院内移植コーディネーターも、当初の数人から10人まで増やし、役割分担をはっきりさせた。

 北川さんは「脳死下での臓器提供をしっかり実施している病院のノウハウを、他施設と共有することが必要」と強調。「本人や家族が提供を希望するのにコロナや態勢などの影響でできない、ではいけない。そこは譲れない一線」と話す。

判定・移植目的の転院を望む病院は多い

 病院間の連携をどう図るかは、医師らでつくる厚生労働省の臓器移植委員会でも議論が進む。テーマの一つが、脳死判定や脳死臓器移植を目的とした患者の転院搬送だ。現在は厚生労働省が定めた「臓器提供手続(てつづき)に係る質疑応答集」に基づき、脳死とされ得る状態になった患者を、救命の目的以外で転院させることは控えるべきだとされている。

 しかし、転院を望む施設は多い。2019年秋、日本救急医学会が臓器提供ができる900施設に行った2019年秋の調査には397施設が回答した。「可能であれば転院手続きを取りたい」とした施設は半数以上。「脳死下臓器提供意思カード」を家族から提示されたが、医学的な理由以外で脳死判定を実施しなかった経験があるとした施設も46に上る。それほど提供側の負担は重い。

 臓器移植委員会の委員長で、榊原記念病院(東京)院長の磯部光章さん(68)は「コロナの影響で臓器提供の態勢整備が難しい病院もある。本人や家族らの希望をかなえるためにも、これまでの運用を見直すべき時期に来ているのでは」と指摘する。

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