幼い子の脳死 心臓移植を望んだ4歳娘がドナーに…両親の決意「待つ気持ちは誰よりも分かる。誰かを助けるなら」〈岐路に立つ臓器移植・上〉

細川暁子 (2021年9月14日付 東京新聞朝刊)
子育て世代がつながる
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入院したころの白木優希ちゃん(右)と父親の大輔さん(白木さん提供)

 本人の意思が分からなくても、家族の承諾で脳死での臓器提供ができるようになって11年。幼い子どもがドナー(提供者)になる例が徐々に増える一方で、2020年の提供件数は前年から3割減った。病院の人手が新型コロナウイルスの患者に割かれたり、面会制限で家族の意向を確認する機会が減ったりしたことなどが理由だ。岐路に立つ脳死臓器移植を、2回にわたって考える。 
先生は言わなかったけどほぼ脳死ということだとわかった。とめどなく涙が流れた。

 6年前の冬、岐阜市の柔術家、白木大輔さん(40)は、長女優希(ゆうき)ちゃん=当時(4)=のそばで、フェイスブックに書き連ねていた。

 優希ちゃんに異変が起きたのは、その約3カ月前。嘔吐(おうと)が止まらず、尿が出ない。地元の病院での診断は、血液を送り出す心臓の働きが低下する拡張型心筋症。関西の大学病院に移り、補助人工心臓を付けて心臓移植を待つことになった。

 国内では、子どもへの心臓移植は年に1例あるかないか。大輔さんと妻の希佳(きか)さん(45)は、米国での移植へ向け、準備を進めた。

 しかし転院から約1カ月半後、急変した。人工心臓の中にできた血栓が脳に飛び、血管をふさいだ。「頑張れ」「帰ってきて」。夫婦で一晩中、呼び掛けた。

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優希ちゃんに寄り添う母親の希佳さん(白木さん提供)

 「呼吸などをつかさどる脳幹が圧迫されている。これ以上、治療を続けられない」。翌朝、医師から告げられた。脳死だ。もう助からない。そう悟った瞬間、思わず尋ねていた。「他の臓器は元気なんですか」

 移植を待つ家族の気持ちは、誰よりも分かる。3歳違いの妹の面倒をよく見る優しい子だった。娘の臓器が、誰かの命を助けるなら―。希佳さんも同じ気持ちだった。ドナーになろう。

少し落ち着いてから先生に優希の臓器を優希のように臓器を待っている子供たちの為に使ってもらえないかとお願いをした。

 触れると、じんわり温かい。死を受け入れるのは身を切られるようにつらかった。

脳死かもしれないけど確かにそこに生はある。

 脳死判定が終わるまでの3日間は、別れへの準備をする時間になった。「もう十分頑張ってくれた」とベッド脇で見守った。

 臓器の摘出直前、看護師らが優希ちゃんの手形や足形を取らせてくれた。最後に、二人で小さな体を抱いた。「抱っこが大好きなのに治療中はできなくて。久しぶりにしてあげられた」

 優希ちゃんからは、肺、腎臓、肝臓が摘出され、病気の人たちに移植された。大輔さんは、移植の成功をニュースで知った。なぜだか涙が止まらなかった。

 どこの誰がレシピエント(移植を受ける患者)になったかを知ることはできない。直接の交流も認められていない。ただ、ドナーとレシピエントの間を取り持つ日本臓器移植ネットワーク(JOT)を介して、その後の経過は分かる。「娘の臓器は、他の人の体の中で元気に動いている」と希佳さんはほほえむ。

 移植を待つ側と臓器を提供する側、どちらも経験した。「命について、そして命をつなぐことについて、娘が私たちに考えさせてくれた」と2人は言う。

 もう姿を見ることも、抱くこともできない。でも、心の中では、いつもはじけるように笑っている。

脳死下の臓器提供 2010年から15歳未満でも可能に

 脳死は、脳幹を含め脳全体の機能が失われた状態。脳死に陥ると、心臓はいずれ止まる。脳幹の機能が残り、回復の可能性がある植物状態とは、そこが違う。

6歳未満の子から提供 2012年以降21件

 日本では臓器移植法が施行された1997年から、脳死下の臓器提供が行われるようになった。当初は、書面による本人の意思表示が必要で、民法で遺言ができる15歳以上に限られていた。

 本人の意思が不明でも、家族が承諾すれば可能になったのは13年後だ。改正法の施行を受けたもので、15歳未満も提供できるように。背景には、2008年の国際移植学会で、移植が目的の渡航自粛や臓器売買の禁止を求める「イスタンブール宣言」が採択されたことがある。幼い子どもに、大人の心臓は大きすぎて移植ができない。改正法の施行まで、心臓移植しか治療法がない子は海外に渡らざるを得なかった。

図解 脳死下での臓器提供を巡る動き

 心臓移植を希望し、JOTに登録している15歳未満は7月時点で74人に上る。腎臓は50人、肺11人、肝臓は10人だ。

 医師は本人の状況を脳死とされ得る状態と診断すると、家族に病状を説明。臓器提供について説明を求められれば、JOTから臓器移植コーディネーターが派遣される。家族が承諾すると、医師が「深い昏睡にある」「瞳孔が固定し一定以上開いている」など5項目からなる脳死判定を実施。6時間後に同じ検査を行って全て変化がなければ、脳死とする。

 脳の回復力が大人より強い6歳未満の子どもは、より厳格さが求められる。2回目の判定実施を1回目の24時間後とするのは、そのためだ。いずれも2回目の判定終了時刻が死亡時刻となる。JOTに登録している希望者から、提供される臓器に最も適した人がレシピエントに選ばれる。

 脳死下では、心臓や肺、肝臓、膵臓(すいぞう)、小腸、眼球、腎臓の7つの臓器を、最大11人に提供できる。JOTによると13日現在、脳死下での臓器提供件数は777件。6歳未満の子どもからの臓器提供も少しずつ増え、2012年の富山大病院での提供を始まりに、21件が実施された。

託された命…医師「究極の愛情を感じた」

 「しっかりと思いを引き継がなければと思った」。6月上旬、愛知県内の病院で、頭蓋内疾患で脳死判定を受けた6歳未満の女児の腎臓を摘出した渡井至彦(わたらいよしひこ)さん(60)は振り返る。渡井さん率いる日赤愛知医療センター名古屋第二病院のチームは手術前、横たわる小さな体を前に、全員で黙とうをささげた。「自分にも子どもがいる。提供を決断されたご両親の心中を思うと胸が詰まった」と言う。

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渡井至彦医師

 各地の医療機関から集まった移植チームによる摘出手術は数時間で終わった。女児からは腎臓のほか、心臓、肺、肝臓が摘出され、それぞれのレシピエントが待つ病院へと向かった。渡井さんらも、腎臓の入ったクーラーボックスを胸に大事に抱き、エレベーターに乗り込んだ。

 その時、「お見送りをしたい」とそばに立った2人がいた。女児の両親だ。両親は「お願いします」と渡井さんに伝え、チームの車が出た後も、その場に立ち続けていた。「ご自分のお子さんへの思いと、つながれる命への思い。究極の愛情を感じた」

 その日のうちに、腎臓は10代女性に、心臓、肺、肝臓は関西地方などの病院で10歳未満~10代の患者3人に移植された。腎臓を受け取った患者は、人工透析を受けなくてもいい状態まで良くなったという。

 臓器を提供するかどうかは、誰に強制されるものでもない。渡井さんは「われわれに託してくれた命を、移植を待つ人にリレーし、その人を元気にするのが医師としての使命」と話す。

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コメント

  • 匿名 より:

    脳死による移植が始まった頃は、自分がそうなってもして欲しくないと思っていた。子どもが生まれ、上の子が中学生になった時、ケロッとした顔で、自分が脳死になったら、全部あげてと言われた。10年経ってもその考えは変わらない。恥ずかしながら、子どものおかげで私も臓器提供しようと言う気持ちに変わった。
    近い将来、子どもたちが親になった時、きっと迷わずに幼い子どもであっても、臓器提供できるのなら、迷わずやるのだろうと思う。

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