子どもの歯科矯正でトラブル増加 「かえって悪くなった」「予定外の抜歯」 歯科医選びの6つのポイント
「抜かずに治療」のはずが、変な場所から
「顎が小さいので、歯を抜かずに歯並びを整えるために、大人の歯が生える前の今から顎を広げていきましょう」
東京都内に住む大学2年生の女性(19)は7歳の時、かかりつけの一般歯科でこう言われて矯正治療を始めた。口腔(こうくう)内に入れ、ねじの力で歯列を広げる装置「拡大床(かくだいしょう)」を用いたが、使用をやめると凹凸が再発する状態を繰り返し、6年間で4回作り直した。
ところが13歳の時、上顎の右側犬歯(前から3番目の歯)が、前歯の歯肉から変な向きで生えてきた。
さらに左側犬歯は生えることができず、前から2番目の側切歯(そくせっし)の歯根を押していた。「抜歯はしない」はずが、右側の犬歯を抜くことを提案されて不安になり、矯正専門の歯科に転院した。
矯正専門歯科に転院 3年で歯並び整った
犬歯は奥歯のかみ合わせを安定させるのに重要な役割を担う。転院先では「犬歯を放置すると、犬歯の圧迫を受けて、隣接する前歯の歯根がどんどん短くなっていく可能性がある。今から犬歯を本来の位置に動かすのは不可能」など、リスクの説明を丁寧に受けた。結局、犬歯の影響で歯根が短くなっていた左右の側切歯を抜き、より健康な犬歯をそこへ動かす治療を選択した。
3年後には上顎の歯列がほぼ整い、その後、全体の治療も一段落した。
兆候を見逃し「6年で70万円かけたのに」
転院後の治療をした、みむら矯正歯科(西東京市)の三村博院長によると、拡大床の役割は、必要に応じて歯を外側に傾け、歯が並ぶスペースをつくること。通常は補助的に使うもので、顎を広げる目的で長期間使わせること自体が間違っている。加えて、口全体を撮影した7歳時点のエックス線写真(パノラマエックス線写真)を見ると、犬歯が正しい位置に生えそうにない兆候が既にあるのに、それも見逃した。女性の母親は「6年で70万円もかけたのにこんなことになるなんて。娘にも負担をかけた」と今も悔やむ。
矯正歯科専門の開業医でつくる日本臨床矯正歯科医会に寄せられる相談は、10年前の年間30件程度から2019年は318件、2020年は461件と急増。会員への調査では、2014年に転院の相談をしてきた18歳以下の517人のうち、56%が「かえってかみ合わせが悪くなった」「思うように歯並びが直らない」などと訴え、通院先で「不適切な矯正歯科治療」を受けていた。
専門教育なしでも「矯正歯科」を名乗れる
歯並びやかみ合わせは、子どもの健やかな成長に大きく関わる。ただ、一般的に矯正治療は数年間にわたる上、費用も原則的に自由診療のため60万~120万円と高額で、治療を受ける本人にとっても保護者にとっても負担は大きい。一方、歯科医師であれば治療範囲に矯正歯科を掲げられるが、中には矯正の専門教育を受けていない人もいる。日本臨床矯正歯科医会の野村泰世(やすよ)会長は「成長中の子どもの矯正は、精密な検査・診断・治療計画と、変化に応じて調整する技量が必要」と強調する。
受診先を選ぶ際の注意点として挙げるのは、頭部全体を撮れるエックス線写真(セファロ/頭部エックス線規格写真)の設備があるか、常勤の矯正歯科医師がいるかなどの6つ。
基本的に開始時期は、①初めての永久歯・六歳臼歯が生え、上下の前歯8本が永久歯になる7~9歳ごろ②全永久歯が生えそろう12~13歳ごろ―のどちらかだ。
①の時期に治療するのが望ましいのは、骨格に問題がある場合。上の前歯が下の前歯の内側に入る受け口や、顎の中心がずれているケースだ。舌で前歯を押してしまうなどの舌癖(ぜつへき)がある場合も早期の治療・観察が必要となる。一方、歯並びが凸凹している、前歯が出ているのが気になるなど、歯に問題がある場合は②まで待つことが多い。
永久歯が6本以上足りない場合は保険適用
一見問題がないように見えても、永久歯が生え終わる頃や大人になってから、治療が必要だと判明するケースもある。神奈川県在住の会社員の女性(24)は、昨夏、急に奥歯が痛くなった。虫歯だと思い、小学生の頃から虫歯治療にかかっていた一般歯科クリニックを受診。「下の一番奥の歯が、手前に90度傾いて生えている。治療ができないので抜くしかない」と告げられた。
抜歯のために病院の口腔外科を受診したところ、「一番奥の第二大臼歯は本来、できるだけ残して使った方がよい。今の段階で抜くのは賛成しない。矯正を考えた方がいい」とアドバイスを受けた。その際に撮影した口の中全体のエックス線写真で、5本の乳歯が抜けずに残り、6本の永久歯が先天的に欠損していることが分かった。
野村さんが院長を務める、のむら矯正歯科(東京都狛江市)を受診し、一番奥の歯を直立させるために、生え方に悪影響を与えている乳歯を抜いて調整していく治療を開始した。先天的に永久歯が6本以上足りない場合は保険適用になるため、費用は35万円ほどに収まる見通しだという。
女性は「これまで痛みがなく、食事などで困ったこともなかったので、自分の歯が矯正が必要なレベルだとは気付かなかった。小さい頃からずっとクリニックにはかかっていたので、大人になる前に検査やアドバイス、適切な治療を受ける機会があればよかった。社会人になってから時間を取って治療をするのは難しい」と話す。
10人に1人は永久歯が… 7~9歳で検査を
日本小児歯科学会が2007~2008年に行った全国調査によると、歯科を受診した7歳以上の子ども1万5544人のうち、永久歯の先天性欠如があったのは1568人(10.1%)だった。10人に1人は永久歯の数が足りない計算だ。
野村さんは「現在の日本の保険医療体制では虫歯の少ない人は歯科医院で口全体のエックス線写真を撮る機会がなく、この女性のように大人になってから判明するケースもある。歯の生え替わりが順調に進んでいるか、顎の骨に異常がないかなどを確かめるため、ぜひ7~9歳のうちにパノラマエックス線写真の検査を受けて」と勧める。検査は健康保険の対象外となることが多く、おおむね3000円~5000円の費用がかかるという。
日本臨床矯正歯科医会や日本矯正歯科学会のホームページではQ&Aのほか、会員の医院や、各団体が認めた専門医のリストを掲載している。
パノラマエックス線写真とは
口の中全体を1枚の写真に映し出す断層写真で、頭の周りを機械が一周して撮影する。歯や骨の状態が分かり、先天性欠損や過剰歯の有無、親知らずの状態などを確認することができる。一般の歯科医院でも、ほとんどが撮影装置を保有。
頭部エックス線規格写真(セファロ)とは
上下顎の位置をはじめ、骨格や前歯の角度などを把握するために頭部全体をエックス線撮影したもの。歯科矯正治療の診断・分析には必須。一般の歯科医院は撮影装置を備えていないことが多い。
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