その一時保護は適切だったのか? 児相の判断に傷つく親子 虐待の見落としは許されないが、丁寧な対話を

木原育子 (2024年8月25日付 東京新聞朝刊)
 虐待などで一時的に家庭から離れて過ごす児童相談所(児相)の一時保護所。虐待死など最悪ケースの回避が最優先とされ、虐待の確証が明確に持てないまま、児相に強制的に引き離された親子の「傷つき」が顧みられることはほとんどなかった。来年6月からは保護の判断に司法が強く関わるが、現場は変わるのか。現在地を探った。

児童相談所による措置経験のある親子らが集まった集会=東京都内で

虐待を認めないと家庭復帰が見えない 

 8月中旬、都内の集会。会議室は児相にかつて措置された親子でごった返した。多くが傷ついた経験のある家族だ。

 「児相関係者に改めて考えてもらいたい」。登壇した映画監督の赤阪友昭さん(60)が切り出した。

 2017年11月、生後2カ月だった長男が腕の中で意識不明に。病院に搬送されて一命を取り留めたが、揺さぶられっ子症候群(SBS)を疑われた。

 赤阪さんが児相に呼び出されたすきに、長男は病院から一時保護措置で乳児院へ。「児相は医師の鑑定書を伝家の宝刀のように扱い、全く話を聞いてもらえなかった」。2019年5月までのおよそ1年半、長男が自宅に戻ることはなかった。

 赤阪さん自身は2018年10月、長男の頭部に衝撃を与える暴行を加え急性硬膜下血腫などの重傷を負わせたとして傷害容疑で逮捕。起訴されたが昨年4月、大阪地裁で無罪判決が確定した。

 赤阪さんは長期にわたって親子分離された理由を知るために情報公開請求したが、黒塗り開示だった。

 「虐待を認めない限り、家庭復帰のプロセスが全く進まなかった。親子が最も大切な幼少期に離れ離れになったつらさを児相は本当に理解しているのか」

一時保護された息子は怖がってPTSDに

 刑事司法が関わらなくても、児相と信頼関係を築けなかったケースもある。

 沖縄県の40代女性の場合、4年前に自身の父親が病気で自宅で暴れた。子どもの前で家庭内暴力を見せる「面前DV」に当たるとし、小学校高学年の息子が一時保護に。息子はパトカーに乗せられ、一時保護所に連れて行かれた。児相は裁判所から「家庭に戻すように」と勧告されたが、いわれのない理由を並べ、養護施設への入所になった。

 1年9カ月後、息子は施設を脱走した。自宅に逃げ帰ってからも児相職員を怖がり、PTSDを発症。今も通学できていない。「児相から説明も謝罪もない。何のための、何からの保護だったのか」と憤る。

通常国会会期末の参院本会議。この国会で改正児童福祉法が成立した=2022年6月、国会で

足をすくわれ、名前を呼び捨てされ… 

 集会を企画したのは、全国の地方議員約80人が名を連ねる「児童相談所のあり方を考える地方議員懇談会」だ。措置経験のある親子からの相談が目立ち、昨年6月に立ち上げた。代表の岩波初美・千葉県議は「虐待を見落としてはならないが、中には行き過ぎた措置もあるように思う。児童の権利を社会で考えていくきっかけにできたら」と語る。

 当日は子どもも声を上げた。和歌山県の女子中学生(13)は「後ろから大きな青い布をかぶせられ、足をすくわれ車の後部座席に押し込まれた。保護というより拉致だった」。措置された際の状況を振り返った。

 一時保護所では男性職員に名前を呼び捨てされ、「4カ月の保護期間なんて大したことない」と子どもの気持ちを顧みない何げない職員の言葉に傷ついた。

 そもそも「父親とすごく仲がいい」と教師に話したことで性的虐待を疑われ、一時保護の措置に至った。「何度誤解を解こうとしても聞いてもらえなかった。私たちの声をもっとちゃんと聞いてほしかった」

判断の難しさにベテラン職員も葛藤

 児相と親権者の対立は、措置の「入り口」でこじれることが多い。児相職員はどう受け止めているか。

 関東圏の児相で10年以上働く児童福祉司は親権者の思いを受け止めつつ「親と引き離さなければならないことは子どもの人生に大きく関わる。覚悟をもって当たっている」と話す。「子どもの声を優先するが、何らかの理由で真実を話せないことも。年齢によっても違い、言葉を額面通りに受け取れない場合もある」と措置の難しさを語る。

 全国で一時保護された子どもは2021年度に2万6300人を超え、10年前と比べて3割近く増えた。

 児童養護に40年近く関わる別の児童福祉司は「職員も増えたが組織化され、児童福祉司が将棋の駒のように上からの指示だけで動く場合もある。しゃくし定規な対応が不協和音を生むのかもしれない。中には未熟な人もいる」と話す。

 世界も日本の児童養護の特異な状況を注視する。国連は2019年度に日本政府に虐待対策の強化を勧告し、2022年度には一時保護所の環境に言及。長期間の保護に懸念を示し、措置に対して司法関与の必要性を説いた。

 

裁判官がかかわると現場は変わるのか 

 これを受けた2022年の改正児童福祉法に基づき、来年6月からは措置に親権者の同意が得られない場合、裁判官に判断を委ねる司法審査が導入される。裁判所に「お墨付き」の権限を与え、親権者とのトラブルを回避する狙いがある。世界的にも親子を引き離す際、司法が関わるのは一般的だ。

 こども家庭庁によると、19年度調査から試算すると親権者の同意なく保護された件数は8577件。そのまま7日以上保護したのは、4割近くの3330件に上る。この中には、冒頭の集会で発言した親子のようなケースも含まれる。

 担当者は「裁判所にどれだけ一時保護状が申請されるのか、うまく機能するのか、正直始まってみないと分からない」とする。

 一時保護状は措置前か、7日以内に出さなければならず、事務量は増え、土日をはさむ場合や年末年始など混乱する可能性もある。

 児童相談所に詳しい川村百合弁護士は「児相は書類作成に弁護士をうまく活用し、児童福祉司はケースワークに専念するなど、役割分担できる態勢を取ることが子どもの最善の利益にかなうのではないか」と総がかりで取り組むことを求める。「子どもの意見表明権が言われて久しいが、子どもの意見を聞いて終わりではなく、それをかなえるために国や社会が何をするかが重要だ」とも訴える。

保護所の環境を整え子どもの声を聞いて

 措置後の環境も変わらなければならない。国は本年度、職員配置基準や少人数ユニット型を目指すことなど、全国統一の一時保護所の設置基準を初めて示した。今後は新基準に基づき、各自治体が条例を制定し、運用する。

 前出の川村弁護士は「都児相の一時保護所では私語禁止、通学不可、『男女が目を合わせてはいけない』など人権侵害的なルールもあったが、だいぶ変わってきた」と語る。

 明星大の川松亮教授(子ども家庭福祉)も「自治体によって温度差は残るが、特に新しく設置された児相は取り組みが進んでいるように思う。良い事例を広げ、できることを検討していくべきだ」と期待する。

 児童相談の現場の意識改革はますます高まる。川松教授は「子どもと親を分離する慎重さは必要だが、重大事態を防ぐため躊躇(ちゅうちょ)せずに一時保護することも求められている」としつつ、「司法審査が始まっても児相は裁判所に頼って対話を閉ざすのではなく、いかに対話を重ねるかがさらに大切になる。丁寧に対応する必要があることに変わりはない」と見通す。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年8月25日