性犯罪歴をチェックする日本版DBS 職業選択の自由やプライバシー権とのバランスは?

西田直晃、山田祐一郎 (2023年8月26日付 東京新聞朝刊)

2020年7月、保育教育現場の性被害ゼロを訴え、日本版DBSの創設を求めて開かれた記者会見=東京・霞が関の厚生労働省で

 子どもへの性犯罪抑止を目指し、こども家庭庁が創設を目指して検討を進めている「日本版DBS」。同庁で性犯罪歴のある人をリスト化し学校、保育などの現場で就労できないようにする仕組みで、英国での先行事例を参考にする。子どもへの性犯罪は確かに深刻で、防止に向けた取り組みが強化されなければならないのは事実だが、犯罪歴によって職業選択の自由を制限するとなれば、憲法上の問題もある。バランスのよい制度設計は可能か。

公表される小児性犯罪は「氷山の一角」

 「議論の加速自体は歓迎できる。子どもの性被害対策はずっと、縦割り行政の弊害で停滞していた」

 保育事業者の認定NPO法人フローレンス(東京)の米田有希代表室長はこう切り出した。同法人は日本版DBSの導入を提言してきた。現在、こども家庭庁の有識者会議で、刑法などの専門家による議論が進む。DBSとは英国の「前歴開示・前歴者就業制限機構(ディスクロージャー・アンド・バーリング・サービス)」のことだ。

 日本版DBSの検討開始に先駆け、教員については性犯罪の再発防止策がたびたび講じられてきた。昨年4月には、わいせつ行為による懲戒処分で免許を失効した教員に対し、都道府県教委が再交付を拒否できる「わいせつ教員対策新法」が施行。背景には教員の再犯の社会問題化がある。

 2017年、教え子ら5人にわいせつ行為をした愛知県知立市の小学校臨時講師の男が、埼玉県の小学校教諭だった4年前にもわいせつ事案で逮捕され、処分歴を隠して再採用されていたことが発覚。最近でも今年6月、女子児童への強制わいせつ容疑で逮捕された福井県坂井市の小学校教諭の男は、15年前にも別の女児の胸を触り、自宅待機になっていたが、同市教委は把握していなかった。

 「社会に公表されている小児性犯罪は氷山の一角」と語る米田さん。「被害児童や生徒の保護」のため、わいせつ行為に及んだ教員や保育士が実名報道されないケースも多々ある。米田さんは「裁判で有罪が確定するのは、子どもが被害に遭う性犯罪のごく一部だ。制度が意味を持つために、起訴猶予も対象とし、刑法以外の条例違反も含めるべきだ」と訴える。

相次ぐ塾での性被害 対象の職種は?

 こども家庭庁の担当者は「前科が定まった者に限るか、起訴猶予の者も含めるか、双方の意見がある」と説明。6月に公布された改正刑法に性的姿態撮影罪が新設されたため、「盗撮もリスト化の対象になる見込み」という。

 こども家庭庁によると、学校や保育所、幼稚園などが教職員を採用する際、就労希望者の性犯罪歴を確認し、採用の可否を決めるシステムを想定している。現行制度では本人が自身の犯歴を取得できないためだ。さらに、塾などの民間事業者は義務化の対象から外し、従業員に性犯罪歴がないと任意で確認した事業者を「認定」する方向性という。

 ただ、児童の性被害は公的教育機関・施設に限らない。いずれも複数の女児を盗撮した疑いで、今月、大手中学受験塾「四谷大塚」の元講師の男、三重県桑名市の学習塾の元塾長の男が相次いで逮捕された。

 米田さんは「抜け穴だらけの制度にしないため、塾や習い事、スポーツクラブなども義務化する必要がある。大手の事業者は認定を積極的に得るだろうが、認定を得ない小規模な事業者があれば、そこに性犯罪志向者が流れ込むかもしれない」と懸念する。義務化の対象を広げるため、今月10日からオンライン署名を呼びかけている。

◇小倉将信こども政策担当大臣は8月30日、東京すくすくのインタビューで「学習塾なども対象範囲」との方針を示しました。

【関連記事】日本版DBSは学習塾、スポーツクラブ、技芸の養成所も性犯罪歴チェック対象に 小倉こども相がインタビューで表明

英、独、仏、米…対策を強化する欧米

 日本が参考にしようとしている英国のDBSとはどんなものか。

 こども家庭庁が有識者会議で示した資料などでは、DBSは同国内務省管轄。2012年から運用されている制度で、犯罪歴をデータベースで管理し、雇用者は職種にかかわらず照会できる。特に子どもにかかわる職種では、子どもに対する性犯罪歴がある人を雇用することは犯罪とされ、照会を義務化している。犯罪歴は刑の種類によって一定期間で削除されるが、重大犯罪は期間にかかわらず掲載される。

 ドイツでも、雇用主は全職種で無犯罪証明書による確認が可能。子どもの福祉に関する雇用では、より詳細な証明書による確認が求められる。フランスにも犯罪歴照会制度が存在し、教育機関や子どもにかかわる職種での雇用には、照会が義務付けられている。ただ、犯罪歴だけを理由とした不採用や解雇はできない。

米カリフォルニア州のミーガン法(性犯罪者情報公開法)により、インターネット上で公開されている性犯罪歴のある人物の居場所

 米国では、法律で性犯罪者にGPS装着を義務付け、学校などの付近に居住することを禁止する州が拡大。カリフォルニア州では、ウェブ上で性犯罪者の登録情報を公開し、自由に検索できる。

 これらの諸外国の制度は効果が上がっているのか。こども家庭庁の資料によると、人口10万人当たりの性暴力の発生件数は、いずれの国も減少傾向にはない。

高度な個人情報 雇用全体に影響も

 甲南大の園田寿名誉教授(刑法)は、日本版DBSが子どもを性犯罪から守るため検討されていることには理解を示しつつ、「米国では、これらの制度の影響で地域に住むことができずに世間から離れ、同じ境遇同士で共同体をつくっているという話も聞く。社会から排除されることでかえって再犯の懸念が高まる可能性もある」と懸念する。

 日本では、刑の執行終了後、最長10年で市区町村が管理する犯罪人名簿から削除されることを挙げ、「DBSのリストに掲載される期間や、対象とする性犯罪の範囲をどの程度にするのか議論が必要だ。性犯罪は示談により不起訴となったケースも多い。実態を反映できるのか」とも語る。

 憲法が保障する「職業選択の自由」や「プライバシー権」の点から懸念の声も上がる。

 「欧米では未成年者の権利を守ることの優先順位が日本よりも極めて高く、厳しい規制が機能してきた」と話すのは中央大の宮下紘教授(憲法)。「いま検討している制度自体の子どもの権利を守るという目的は賛同できる。だが、本来ならば総論として社会の中で子どもをどう位置付けるかがまず必要ではないか」と訴える。

 犯罪歴は極めて高度な個人情報だ。個人情報保護法では人種、信条、社会的身分、病歴などとともに「要配慮個人情報」として扱われ、本人であっても開示されることはない。「DBS制度は、これを突然可能にするもので日本の雇用全体にかかわる可能性がある。経済安全保障の名目で多くの企業が照会できるよう対象が拡大されたり、性犯罪以外にも広がる懸念がある」と指摘する。

監視強化だけでなく「支援」も必要

 精神科医で「性障害専門医療センター(SOMEC)」の福井裕輝代表理事は「これくらいの制度はあって当然。ただ、子どもと接触する場所は多くあり、規制にかからない業種に移るだけで完全に防ぐことにはならない。初犯を防ぐこともできず、効果は限定的だ」と話す。

 犯罪抑止と加害者の社会復帰のバランスをどう考えるか。「居場所がなければ、性犯罪を繰り返す恐れがある。監視の強化だけでなく、治療や子どもと接触しない業種への職業訓練、あっせんなどの支援にも力を入れる必要がある」

<デスクメモ> DBSは犯歴による排除だから一度は性犯罪が発生したことが前提だ。しかし、そもそも「一度」を防ぎたい。どうするべきか。教育や社会的意識の向上など穏当な手法ならいいが、たとえば、分析で「危険な傾向」のある人を割り出し、予防的にはじく仕組みを作るとなると、怖い。(歩)

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2023年8月26日

コメント

  • 「犯罪を犯しても保証される自由」なんて、おかしくないか? 記事を読む限りでは、立法に当たって、実際に被害を受けた人やその周辺の思いといった視点があまり反映されていないように感じる。性犯罪に限らず、我
    暇人 男性 50代 
  • 職業選択の自由の侵害というが、それは自業自得ではないか。確かに初犯を防ぐことは不可能に近いが、性犯罪は麻薬中毒と似ていて、再犯が非常に多いと聞く。再犯を防ぐ意味でも、未来永劫紐づけされるのは仕方ないと
    暇人 男性 50代