避難所運営カードゲーム「HUG」 中高生と住民が協力プレー、防災意識と判断力が高まる

(2019年8月20日付 東京新聞朝刊に一部加筆)

避難所運営カードゲーム「HUG」で使うさまざまなカード

 東日本大震災時の避難所運営などで活躍したことを契機に、「地域防災の担い手」として中学・高校生に注目が集まっています。生徒の当事者意識をどう高めていくかが課題ですが、生徒が地域住民と避難所運営ゲーム「HUG(ハグ)」を行う高校があると聞き、訪ねてみました。

冬の日曜日、東京湾震源の震度7の地震が発生

 「テレビ局から取材の申し込みがあった」「どこでやる?」

 「この家族は犬を連れてます」「2年2組(の教室)に動物を集めよう」

 「仮設トイレが届くそうです!」

 横浜市戸塚区の市立戸塚高校で7月下旬、生徒と教職員、地元住民ら24人がHUGを行いました。冬の日曜日、正午前に東京湾を震源とする最大震度7の地震が発生し、小学校に集まった住民が避難所を開設、運営するという想定です。

◇「HUG」とは
「Hinanzyo Unei Game」の頭文字をつなげた造語。プレーヤーが避難所運営の担当者となり、性別や被災程度、年齢など被災者の実情に即した適切な配置を行う。避難所で起こる出来事に対応する疑似体験もできる。市区町村の防災担当部署や社会福祉協議会でカードなど一式を貸し出しているところもある。防災意識を高める他、正解のない課題について話し合い、限られた資源や情報の中で判断する力も身につくという。

「避難所運営のイメージが分かった」

 初めは遠慮がちだった生徒たち。しかし「仮設トイレは体育館の近くに置いた方がいい」と意見を出したり、大切な情報を太字で囲んで目立たせるなど掲示板の書き方を工夫したりと積極的に動くように。一年伊丹駆琉(かける)さん(15)は「避難所運営のイメージがある程度分かった。災害時に冷静に活動できそう」と話しました。

高校生と地域住民らが協力して避難者の配置や対応策を決めていった=横浜市戸塚区で

 同校は市の指定避難所ではありません。しかし藤宮学副校長は「大規模災害が起きれば、必ず避難してくる人がいることを、教職員や生徒に意識してもらえたら」と公開講座を企画しました。

 講師を務めたNPO法人「かながわ311ネットワーク」の石田真実理事(40)は、元中学校教諭。「何に困ったか、他班との対応の違いなど、振り返りにも重きを置く」と話します。

 文部科学省は中高生について、主体的、積極的に防災や災害時の支援活動に参加できる生徒の育成を目指しています。

HUGを開発した倉野康彦さん 「楽しく、充実感の持てる訓練に」

 「防災部門にいた私でも、避難所運営については『よく分からない』というのが本音でした。分からないならやってみよう。それも楽しく、と考えたのです」

 静岡県職員として危機管理や防災に携わっていた倉野康彦さん(63)は、HUG開発の理由をこう話します。直接のきっかけは防災専門部署に配属になって3年目の2007年に相次いで起きた、能登半島地震と中越沖地震。これらの地震で、災害時要配慮者への対応や避難所運営に注目が集まりました。

 一方で倉野さんは、当時の避難所運営訓練について、町会関係者や一部の住民が学校に集まって、避難所になる体育館や教室を時間をかけて移動しながら見学して説明を受けるようなものが多く、あまり面白くないのではないか、と感じていました。

 参加者全員が忙しく動き、楽しく、充実感の持てる訓練はできないかと考え、次々に起こる課題をチームで解決するゲーム形式にすることを思い付きました。役所の災害対策本部の動きをシミュレーションする図上訓練などがヒントになったそうです。

 過去の地震災害の報告書などを参考に、趣旨に賛同した同僚からヒントをもらいながら、週末や夜間に自宅でアイディアを練り、1年間かけて製作し、08年度末に製品化しました。

 避難所にはペットを連れた人、目が不自由な人、取材のマスコミ、さまざまな人が来ます。そうしたことをゲームでもよいので体験しておけば、本番で驚かずに済みます。東日本大震災や熊本地震の後、HUG経験者から「落ち着いて対応できた」と報告があったそうです。

 倉野さんはその後、「風水害バージョン」や、小学生や外国人も使える「イラストふりがなバージョン」、母子・妊産婦への対応を強化した「災害時要配慮者バージョン」、さらに、ご遺体や性被害、避難所での役割分担などのカードを加えた「オプションカード」、「社会福祉施設バージョン」も開発。定年退職後はHUGの全国普及を目指して、任意団体「HUGのわ」をつくり、活動しています。

「防災小説」の作品を集めた冊子(高知県土佐清水市立清水中学校提供)

中高生が書く「防災小説」 物語を作りながら被災シミュレーション

 中高生の防災意識などを高めるツールとして「防災小説」も広がり始めています。想定される最悪の被害を念頭に、住む町の状況や自分がどう行動するかなどを想像して書く、小説版「被災シミュレーション」です。

「希望を持って終える」のが条件

 考案したのは慶応大環境情報学部の大木聖子(さとこ)准教授(地震学)。高知県の土佐清水市で防災教育に携わっており、3年前に市内の中学校で初めて試みました。

大木聖子准教授

 与えられた災害想定を基に、自分だったらどんな行動をとるかを自由に記述。条件は「希望を持って物語を終えること」のみです。「埋もれた土砂から救出される場面で終わる子もいれば、復興のきざしでしめくくる子もいる」と大木さん。「自分の町をどんな町にしたいかを考える生徒の姿勢が見えてくる」といいます。

 他者の書いた小説を読むことで違う視点に気付けるのも魅力の一つ。同じ取り組みは埼玉県熊谷市、愛媛県愛南町などにも広がっています。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2019年8月20日