子どもの事故防止は社会にも責任があります 日本は「親が安全に育てて当然」が根強く環境改善しにくい…安全工学の専門家の訴え
米国では「人に注意を」から転換
約20年間、子どもの事故防止の研究を続ける西田教授。研究を始めたのは、長女の誕生がきっかけだった。何かをのみ込まないか、転落してしまわないか、常に目が離せず「子どもの周りにはこんなに危険が多く、親が気を付けなければいけないのか」と大変さを実感。専門のセンサー技術で、より安全な環境をつくろうと思い立った。
研究では、センサーを使って子どもたちの動きやスピードなどの計測データを収集し、省庁や団体が持つ50万件以上の事故記録も分析。滑り台の転落しにくいらせん階段を考案したり、子どもが歯ブラシを持ったまま転んでも先端が曲がってのどの奥などに刺さりにくい製品を企業と共同で開発したりしてきた。
海外の知見も調べる中で感じたのが、日本との事故防止への考え方の違いだった。「米国では1970年代ごろ、人に注意を求める対策から、環境を改善して事故が起きないようにする方向へ転換した」という。大統領直属の委員会で専門家が事故データを分析し、規制や安全装置の義務化などを立案。例えば、子どもの誤飲事故が相次いだ頭痛薬は、子どもが簡単に開けられない容器に入れることが義務付けられた。
人頼りでは「仕組み」ができない
一方、日本は「事故データはあっても、人に注意喚起して終わりがち。科学者が長期的な視点で再発防止を検討する仕組みがなく、専門家が育ちにくい」。子どもの安全に関わる分野は特に顕著で、自動車産業で自動ブレーキなど人の失敗をカバーする技術が発展したのに比べて「相変わらず人頼り」と感じている。
その理由を「子どもは母親が責任を持って安全に育てるのが当然という概念が根強いためではないか」と指摘。「共働きが一般化した今は、保育所などに責任を負わせ、保育士らの注意不足を責めるだけになりがち。子どもの安全確保は社会にも責任があると考えを変える必要がある」
子どもの行動に関するデータを蓄積し、人工知能(AI)で室内のリスクの高い場所を判定して危険を知らせる仕組みの構築を目指す西田教授。人の動きを認識する技術で「例えば子どもがベランダに出そうだと知らせることもできる」。
ただ、「中途半端な技術に頼るのはかえって危ない」とも指摘。事故の責任を恐れて開発に踏み出せない企業もあるといい、「関連する業界で安全基準を早急に整備し、消費者団体や小児科医の学会なども加わった第三者委員会で新製品を審査する仕組みをつくれば、企業も開発に挑戦しやすくなる」と提案する。
国に対しては、「子育て中の事故などの研究を新たな学問として位置付け、事故状況などのデータベースを組織の垣根を越えて構築して公開するなど研究を支えてほしい」と求める。