虫が苦手な子が増えています なぜ怖いと感じる? 親しむにはどうすれば? 専門家に聞きました
記者自身も大人になったら苦手に…
久しぶりに網を持って近所の公園へ。トンボやチョウが飛び回り、セミが大きな声で鳴いていた。捕まえたのは白いチョウ。小2の息子は最初は及び腰だったが、近くで見ているうちに「かわいい」。一方、記者は手には取れるが、長い時間持っていたいとは思えない。セミはそこら中にいるが、近づきたくない。
大人になり、虫が苦手になったなと感じた場面がある。以前住んでいた団地の廊下や階段では、夏に多くのセミがおなかを上にして転がっていた。死んでいると思って近づくと、大きな音を出して急に飛ぶ。インターネット上で「セミ爆弾」と呼ばれる現象で、何度驚かされたかわからない。以来「できるだけ虫に近づきたくない」との思いが生まれたように感じる。子どもの頃は平気だったのに。
「怖い、汚い」の言葉に影響される
そもそも、子どもは動くものに興味を示すのだという。奈良教育大准教授の藤崎亜由子さん(47)=発達心理学=は「動くものは食べられるかもしれないし、敵かもしれない。子どもは好き嫌いは別としても、まず手を伸ばして触ろうとする。3歳くらいなら、たとえゴキブリでも追いかけることに抵抗はない」と話す。
藤崎さんの研究では、変化が見られるのは小学校に入る前、年長からだという。男児は虫が好きな度合いに変化はないが、女児は下がり始める。理由として考えられるのが、同じ女性のモデルでもある母親や保育者などが虫が嫌いで、「怖い」「汚い」などの言葉を聞かされ影響を受けること。また、警戒心は一般的に女性の方が強いとされることなども挙げられる。
身近な自然が減り、外遊びもせず…
一方、「プロ・ナチュラリスト」として自然の魅力を伝える活動をする東京都町田市の佐々木洋さん(61)は、虫が苦手な子は近年「男女問わず増えている」と感じている。
身近な自然が年々減り、保護者などでも虫に親しんでいない人が増えた。低年齢の子どもも、外遊びよりデジタル機器を使う時間が長くなり、虫に触れる機会は年を重ねるほど減少。「汚い、危ない」という意識が強くなることなどが原因と指摘する。
「怖い」とは「恐怖」か「嫌悪」か
では、苦手なだけでなく「怖い」と感じる人がいるのはなぜか。名古屋大教授の川合伸幸さん(56)=認知科学=は「日本語では『恐怖』と『嫌悪』を、まとめて『怖い』と言っていると思う。虫に感じる気持ち悪さが『怖い』という言葉になるのでは」と説明する。
川合さんによると、恐怖は「いま命に関わる」ために、「そこから逃げたい」という状況で感じるもの。例えばライオンが部屋に入ってきたら、逃げなければ命が危ない。
一方の嫌悪は「もしかしたら命に関わるかもしれない」状況で感じる。恐怖との違いは、自分が逃げるのではなく、自分から遠ざけようと思う点。虫が部屋の中に入ってきても、家を明け渡して逃げようと思う人は少ない。川合さん自身は幼い頃から毛虫と青虫が嫌いだが、「いまは怖いんじゃなくて気持ち悪いだけだ、と思うとそれなりに対処できる」と笑う。
親しむには? かわいいポケモンから
虫に対して苦手な気持ちや怖さを感じる人が、少しでも親しむにはどうすればいいのか。川合さんは「実際の虫を見るのが嫌なら、虫のぬいぐるみやゲームのポケットモンスターなど、虫の特徴はあるけれどかわいいものから見てみては」と話す。
これは、ストレスの少ないものから慣れて苦手を克服するという臨床心理学の手法だ。青虫が嫌いな川合さんも「絵本の『はらぺこあおむし』なら、一応見ていられる。できるようになったら次の少し嫌なこと、というように、少しずつ慣れていくのがいい」。
子どもの場合は、横で保護者が一緒に見たり、肩を抱いて「大丈夫だね」などと声をかけるのもいい。「子どもは怖い時に誰かに一緒にいてほしい。大人が大丈夫だといってあげると、少しずつ苦手が弱まる」
少しずつレベルを上げて、飼えば愛着
プロ・ナチュラリストの佐々木洋さんは「これなら大丈夫という虫を探す」方法を勧める。図鑑を広げて「どの虫なら大丈夫そうかな」と聞く。「苦手な子は、テントウムシやダンゴムシを挙げることが多い」
次は公園などで本物を探して見てみる。ちょっと手にのせてみようと少しずつレベルを上げる。「せっかく捕まえたなら飼ってみようとなれば、ものすごく愛着が出てくる」。慣れてくれば「次はバッタ」など他の虫に興味がわくことも。
大人が虫捕りで楽しむ姿を見せれば…
一方、虫に苦手意識があっても、昆虫採集をテーマにしたゲームやアプリが好きで、虫捕りには興味があるという子も多い。岐阜市の名和昆虫博物館の名和哲夫館長(68)は「家族で虫捕りに行くのはすごく面白い」と勧める。
実は名和さん自身、名和昆虫博物館に勤めた頃は昆虫採集には否定的だった。しかし、先輩に連れられて行った初めての採集で、ミヤマカラスアゲハというきれいなチョウを捕まえ「こんなに楽しいとは」と心変わりした。
名和昆虫博物館のイベントでは、スタッフが夢中で虫を捕る姿を見て「先生もあんなに喜ぶんだ」と子どもが前向きになるという。大切なのは「一緒に行く大人が子どもに返って捕ること。真剣にやると友達みたいな感じになれる」。どちらが先に捕れるかを競うなどゲームの要素を入れるのもいい。
虫捕り網は高価な物は初心者には扱いにくく「最初は百円均一の店で買えばいい。捕れたら持ち帰りたくなるので虫かごも用意して」と助言する。佐々木さんが持って行くのは、雑貨屋などで売っているふた付きの透明なアクリルケース。捕まえた虫を入れれば苦手な人でも安心して間近で見ることができ、いろいろな角度から観察できる。
紙やストローで 絵や工作が入り口に
大阪府箕面市の昆虫科学教育館の久留飛(くるび)克明館長(72)は、紙やストローで作ったチョウなどの模型や、塗り絵などを通して、虫の魅力を発信し続けてきた。「虫が嫌いでも、絵や工作は好きという入り口があってもいい。何でもいいからこちら(虫の世界)に入ってきて」と呼びかける。
16年間館長を務めた府営箕面公園昆虫館では「子どもたちを虫嫌いにしない」が目標で、そのための手段が塗り絵や工作だった。小学校3年生になると理科の教科書に昆虫が登場するため、「3年生までは虫を嫌いにならないで」と願う。
生態系で重要な役割 共に生きる隣人
多くの生きものの食べ物になり、植物の花粉も運ぶ虫。奈良教育大の藤崎亜由子准教授は「虫は生態系の中で非常に重要で、共に生きる隣人でもある。大人や学校教育が関わり、子どもが虫とのつきあい方を学ぶことは大切」と話す。虫との触れ合いは、外遊びの機会を増やすことにもなる。
記者もまた、息子に虫の存在をより知ってもらうために、虫捕り網を手に一緒に公園に行き、セミやバッタをつかめるか試したい。
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