キリンの謎に仮説を立ててみよう 小学生が研究者とのワークショップで学んだ「なんでだろう」の大切さ
赤ちゃんキリンの背が高い理由は?
ワークショップの副題は「キリンのわかっていること・わかっていないこと」。昨年出版された絵本「どうぶつのわかっていること・わかっていないこと」(小学館集英社プロダクション)の監修メンバーで、アフリカのタンザニアでキリンの研究を続けている京都大学大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科の齋藤美保助教(34)と、この本を企画・執筆した木下さとみさん(39)が登壇しました。
まずはキリンの生態を9つのクイズで紹介。赤ちゃんが生まれた時の身長は、なんと約180センチ!「キリンは人間と同じ、ミルクを飲む生きものです。背が低いとお母さんのおっぱいに口が届かないんです」。齋藤さんの「なぜ」を解きほぐす説明に、子どもたちが引き込まれていきます。
そして、いよいよ「わかっていないこと」へ。
キリンはほとんど声を出さない。なぜだろう?
事前に子どもたちに考えてもらうと、たくさんの仮説が出ました。
- 敵から居場所をわからなくするため
- 目で合図しているから
- 人間とちがって顔の表情がわかるから
- じつは鼻でしゃべっている
- 声を出さなくても困らないから
- 祖先が声を出さなかったから、出すことを代々教えてもらえなかった
- 声を出すのがめんどくさいから
- 本当はたくさん声を出したいけど、首が長すぎて下にいる人には聞こえていない
齋藤さんは「本当の理由はまだわかっていません。みなさんの自由な発想は、将来的に研究が進んだら『正解だった!』とわかるかもしれません」と前置きして、子どもたちの仮説を掘り下げていきます。
- ベロが長くてしゃべりづらいから
「のどにベロが当たってしまうと思う」という小学1年の中島祐さんに、齋藤さんは「ベロは大人では約45センチもあるから、確かに考えられます」とうなずき、こう続けました。「キリンの中にも、ベロがちょっと短かったり、長い個体がいると思います。それらの個体で比較してみると、ベロの長さが理由なのかわかるかもしれません」
- 祖先が声を出さなかったから、出すことを代々教えてもらえなかった
「なんとなく頭に思い浮かんだ」という小学5年の川淵由貴さんに、齋藤さんは「みんなもおはしの持ち方や日本語は、誰かに教えてもらわないとわからないですよね。キリンの祖先がしゃべる必要がないから子どもに教えなかった、という可能性はあります」と説明し、最近の研究で明らかになってきたというキリンの祖先のイメージ図を見せました。
「化石には骨が残っているので、祖先がどんな形をしていたかはわかる。でも声は化石に残らない。調べる方法を新しく考えるというチャレンジングな、挑戦的なことを成し遂げれば、祖先も声を出していなかったのかがわかると思います」
突拍子がないような仮説でも、否定したり笑ったりしない。真剣に向き合う齋藤さんから「こうすれば調べられる」と後押しを受けて、子どもたちの表情はちょっと自信が芽生えているように見えました。
「十分に考えられると思います」
最後はグループワークです。3人ずつのチームに分かれてキリンの謎に挑みます。
キリンのツノはなぜあるの?
オスどうしがけんかをする際、長い首を振り回して頭をお互いにぶつけ合う「ネッキング」という行動が見られます。そこでは相手にダメージを与えるためにツノが役立ちます。しかし、けんかをほとんどしないメスにも子どもにもツノがある理由は、まだわかっていません。
齋藤さんが「みんなの答えが全部正解っていうこともありえます」と盛り上げて、15分のシンキングタイムがスタート。
「大きい動物って、たいていツノがあるじゃん」「象はキバがあるね」「ツノがあれば、何かぶつかっても痛くない」「なぜツノの先は黒色なの?」。活発に意見が飛び交った後、こんな仮説が発表されました。齋藤さんの講評とあわせて紹介します。
- 毛で風向きを把握するため
「オオヤマネコの耳の毛はそのためだとも言われています。同じように、まだ知られていないけどキリンもツノの毛で風向きを把握している、ということも考えられます」
- エサをとりに行くとき、岩などを壊して目的地に向かうため
「実際にツノはすごく硬くて、めったに折れません。目の前にじゃまなものがあったら、ツノで壊すこともできるかもしれません。野生の環境や動物園で、キリンの頭の近くにじゃまなものを持っていったときにどういう行動をするかを調べたら、正しいかどうかわかると思います」
- 髪飾りみたいに、おしゃれとしてついている
「子どものツノの先の毛は、大人よりフサフサでかわいいんです。私は子どもなんだよ、かわいがってね、とアピールしているのかもしれない。
同じことが他の動物では知られています。チンパンジーとゴリラの赤ちゃんのお尻の毛は、白い部分があるんです。大人はそれを見て、子どもだから優しくしてあげよう、乱暴なことをされても許してあげよう、と思うんです。同じようにキリンのツノの毛は『守ってね』というアピールとして、飾りとして使っているのかもしれない。十分に考えられると思います」
「わからないこと」を考える楽しさ
しっかり答えを導き出した子どもたちに、齋藤さんは「おもしろい仮説をたくさん知ることができて楽しかったです」とにっこり。そして「ツノの先端はどうして黒色なんだろう、という新たな『わからないこと』も出てきました。そんなふうに、動物園に行ってじっくり動物を観察すると『わからないこと』がたくさん出てきます。それを考えるのはすごく楽しい作業なので、成長して大人になっていく中でも、なんでだろうって考えることを大切にしてもらいたいなと思います」とメッセージを贈りました。
小学5年の志田宏太さんに参加した感想を聞くと、「答えを思いついた時、達成感がありました」。さらに「なんで動物はけんかするんだろう。メスにモテたいのもあるけど、食べ物の取り合いもあるだろうし…理由は何が多いのかな」。新たな「なんでだろう」を感じとる力も湧き出てきたようです。
ワークショップ終了後。子どもの考えを丁寧に聞くだけでなく、仮説の検証方法まで説明していた齋藤さんに、その思いを聞きました。
齋藤さん「そういう考えもあるかもしれないね、だけで終わるともやもやが残ってしまいます。やっぱり答えを見つけるのが楽しい。こんな角度やアプローチで調べることもできるんだよ、と提示できたらいいなと思って」
でも、まずは「なんでだろう」という疑問がなければ始まりません。子どもたちがもっと「なんでだろう」を発見するためには、大人はどうすればいいでしょうか。
齋藤さん「大人ってついつい教えがちで、大人が偉くて子どもが教えを受ける、という立場に収められてしまいます。博物館などの施設でも大人の解説を子どもが聞く、って姿を見かけることがよくあります。でもワンテンポ待てば、子どもが自分の目で見て感じることはたくさんあります。そこで出てくる『なんでだろう』を、大人がじっくりと待って聞き出すことですね」
スマホで検索すればすぐ正解にたどり着いてしまう時代で、きっかけがつかみにくい「自分で考える力」。齋藤さんのワークショップには、それを育むためのヒントがたくさん詰まっていました。