〈古泉智浩 里親映画の世界〉vol.11 『おまえうまそうだな』僕も言われたい「お父さんはお父さんだ」

vol.11『おまえうまそうだな』(2010年 日本/卵/事故)

 2010年の公開当時、映画好きの人々の間で話題になっていました。いかにも子ども向けのかわいらしい絵柄の恐竜アニメだったので、完全に「見るリスト」には入れておらず、どちらかと言えば「見ないリスト」に入れていましたが、あまりに絶賛されているので見に行きました。すると本当に素晴らしい映画でした。


〈前回はこちら〉vol.10 『ドント・ウォーリー』養子として育った僕の再生の物語


 原作は子ども向けの絵本『おまえうまそうだな』(宮西達也著)。長男が通う小児科の本棚においてあったので読んでみました。原作では、肉食恐竜が草食恐竜の卵を食べようとしていたら、卵がかえって赤ちゃんの恐竜が生まれます。肉食恐竜が「おまえうまそうだな」と言いながら食べようとすると赤ちゃん恐竜は「僕の名前は『ウマソウ』っていうんだね!」と言って、肉食恐竜をパパだと思ってすっかりなついてしまい、食べるに食べられなくなってしまうというかわいらしいお話でした。

 この映画はその原作を大胆に脚色。後にパパになる肉食恐竜が卵だった時に、草食恐竜に拾われて、卵がかえり、草食恐竜と一緒に兄弟として育てられるところから始まります。彼はハートと名づけられます。赤ちゃんのハートは、肉食なので木の実があまり食べられません。唯一食べられるのが柔らかい赤い木の実だけで、やせっぽちで同じ時期に卵からかえった兄のライトより弱々しく育ちます。そんな彼をママ恐竜は優しくケアします。なにしろティラノサウルスなので、腕が細く、草食恐竜のライトに腕相撲で負かされ、すぐ泣いて弱虫扱いされます。

 ところがハートは成長していくにつれ、次第にどうしても肉に対する渇望が目覚め始めて、悩みます。トカゲのしっぽをしゃぶっては渇望を紛らわすのですが、ライトには変なやつ扱いを受けます。

 ある日、森で木の実を探していたハートは肉食恐竜が群れで草食恐竜を襲っているところに遭遇します。肉食恐竜は危険だから逃げるように教育されていたハートは恐怖に震えて逃げ出し、ライトの元に戻ると1匹の肉食竜が後をつけてきていました。彼はライトを捕まえて「餌だから食べよう」とハートを誘います。肉食竜であることを突然告げられたハート。全く関係ない他人に真実告知をされてしまうわけです。しかも、自分が今まで敵だと思ってきた側であることを知るのです。ライトを食べるわけにはいかず、本来の闘争心が覚醒してライトを取り押さえていた肉食竜をやっつけますが、そのままハートはライトとお母さんの元を離れます。

 本来の肉食竜として草食竜を食べながら体を鍛え、孤独な旅が始まりました。そうして旅先で出会うのが草食恐竜の「ウマソウ」です。ウマソウは「おとうさん、おとうさん」と言ってなついてくれます。ハートは、自分の子どもがいるわけではないのに、ウマソウになつかれてまんざらでもありません。「ウマソウ」の声を担当する俳優・加藤清史郎くんの声がとてもかわいくて、あんな声でなつかれたらたまらない。

 僕は思います。人生で最大級の喜びは幼い子になついてもらえることではないでしょうか。僕自身、かつて実子が幼かった頃にほとんど接することなく過ごしてしまい、今は血縁のない子と過ごしています。実子でも里子でもなついてもらえたら、心の底から震えるほどの喜びがあるのではないでしょうか。実際、実子と里子を比較したわけではないので本当のところは不明ですが、このうれしさには一切の曇りがありません。

 ハートはウマソウと一緒に旅を続け、ウマソウが他の肉食恐竜に食べられそうになり必死で守ります。すっかりお父さんになっているのです。子どもにはちょっと刺激が強すぎるのでは、と心配になるほどハートと肉食恐竜の戦いは迫力があって、公開当時まだ里親になるとは思っておらず、単なるアクション映画好きの僕も興奮し大満足し、クライマックスは素晴らしく感動的で泣いてしまいました。

 ハートは里子として育ち、家族の元を離れた後に今度は自分が里親になります。ハートが赤い木の実しか食べられないところは、うちの子が「葉っぱは食べない」などと言ってレタスやキャベツを毛嫌いしていた頃を思い出させます。実際は肉食竜なのでそれどころの問題ではなく、健康被害が及ぶほどの栄養の枯渇があったことでしょう。

 ハートとウマソウは長く旅を続け、ウマソウは成長します。そしてまた、ウマソウが肉食竜に狙われハートが助ける場面があります。その時、肉食竜は負け惜しみでウマソウに「そいつはお前の本当のお父さんじゃないぞ」と言います。すると、ウマソウは「そんなの知っているよ。でもお父さんはお父さんだ」と答えます。里親になってから見返すと、最初に見たときより何倍も強く響きました。僕もいつかそんなふうに言われてみたい。

 僕は毎年、子どもの誕生日に傑作映画をその年の折々に見合ったものを選んで買うことにしているのですが、長男の1歳の誕生日は『おまえうまそうだな』でした。ただ、本人が全然見たがらず、5歳になった先日ようやく「『うまうまそうだな』見る」と言うのでDVDの棚から取り出して一緒に見ました。『おまえうまそうだな』を『うまうまそうだな』と、より美味しそうに言います。夢中で見ている…と思っていたら、1時間くらいで飽きて見るのをやめてしまいました。

◇『おまえうまそうだな』予告編

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ⓒ宮西達也/ポプラ社・おまえうまそうだな製作委員会

古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

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