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〈古泉智浩 里親映画の世界〉vol.10 『ドント・ウォーリー』養子として育った僕の再生の物語

   

古泉智浩「里親映画の世界」

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採点表

vol.10『ドント・ウォーリー』(2019年 アメリカ/?/養子縁組)

 養子として育った男の子のその後の人生を描いた映画が、実在の風刺漫画家ジョン・キャラハンの伝記映画『ドント・ウォーリー』です。物語はジョン(ホアキン・フェニックス)の回想で語られます。冒頭のジョンは車椅子で聴衆を前に身の上話を語ります。

◇『ドント・ウォーリー』特報(30秒)

 彼は極度のアルコール依存症で、朝起きたら酒屋に駆け付け小さいボトルのお酒を買い、店を出ると車の陰でこそこそ飲みます。仕事中も飲み、アフターファイブも飲んでパーティに出かけます。


<前回はこちら>vol.9 『シャザム!』「ニセ家族」の罵声に心臓が止まりそうになる


 ある時、飲んべえの友人デクスター(ジャック・ブラック)と泥酔したまま車に乗ったジョン。運転するデクスターが眠ってしまい、電柱に激突し、ジョンは大怪我を負います。病院に担ぎ込まれたジョンは、脊椎を損傷して胸から下がまひしてしまいした。腕は動くけど、立つことも歩くこともできません。

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 車椅子での生活を余儀なくされますが、それでも飲酒はやめられません。ボトルを開けるのも一苦労で、介護人にもつらく当たるジョン。電動車椅子も雑に扱い、壊してばかり。ワーカーさんにも疎まれています。ある日、そんな生活に嫌気が差して断酒を決意し、AAという断酒会に入会したジョンは、主宰者のドニー(ジョナ・ヒル)に導かれ、自らの問題と向き合うようになります。

  一体なぜ、お酒を飲むのか。言い訳は無限にあります。ジョンが語り始めたのは、母親に捨てられ、養子として育てられたこと。母親は「赤い髪の学校教師」であったということしか分かりません。父親の情報は一切ありませんでした。

 10歳の時、ジョンは養親の元で一緒に育っていた5歳下の弟にちょっかいを出しました。養父がジョンではなく弟を叱ったことで、自分は家族ではないのだ、ここは本当の居場所ではないのだ、と深い孤独を感じてジンを飲み始めた、とジョンは語ります。

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  断酒会でのグループミーティングでは各々が身の上話を語ります。ジョンが「車椅子の苦労が分かるか」と言うと、周りからは「自分だけが世界で一番不幸だと思うな」などとしんらつな言葉が浴びせられます。しかし、そんな言葉を発した人も「私は心臓にがんがある」と告白。不幸の相対化ですが、自分にだけ意識が向いている状態では見えない事や感じられない事が突き付けられます。

 ドニーの導きでは、ミーティングと並行して12のステップと言われるメソッドがあります。段階を踏んで自分の問題と向き合う作業です。その段階を経るうちにジョンは次第に感じのいい人物になっていき、そして漫画を描き始めます。まひのある手でマーカーをつかみ、苦労してよぼよぼの線を紙に引きます。何度も何度も描いては破いて、ブラックユーモアの一コマ風刺漫画を完成させます。

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 出来上がった作品をカフェのレジのお姉さんや、他の客に見せて反応をうかがいながら書き溜めていくジョン。学生新聞の編集部に持ち込んで採用されます。そうしているうちに彼女もできて、介護人とも仲良くなっていきます。

 12のステップは順調に進み、ついにゆかりの人たちに会い、相手を許すという段階に至りました。おおむね人は「自分の不幸は誰かのせい」と考えがちです。ジョンも自分の不幸は、自分を捨てた母、他人扱いした養父やその子どもたち、そして事故を起こしたデクスターのせいだと考えていました。 

 被害者意識は自分を正当化します。自分が悪くないと思えることは居心地のいい感覚です。しかし一方で、恨みや怒りを他者に向けやすくなります。僕は常々、被害者意識は持たず、どちらかと言えば加害者意識を持つように心がけています。「俺にも責任がある、申し訳ない」と考えます。すると、問題が生じて争いになる場合、正義を主張できず負けます。ただ、人や社会を恨むのはけっこうなストレスなので、心の平穏に役立っていると感じています。 

 学校の先生に会ったジョンは「授業中に騒ぎを起こしてすみませんでした」と詫びました。すると先生は「若者の通る道だよ」となんとも思っていませんでした。養父も温かく迎えてくれます。それまで居場所がない、と感じていたのはジョンの思い込みであったかのようでした。そしてとうとうデクスターに再会。デクスターは「何度も会いに行こうと思ったけど勇気がなくてできなかった」と語り、ジョンは「今まで何年も苦しめてしまってごめん」と詫びます。デクスターは汚い厨房(ちゅうぼう)で油にまみれて働いていました。お酒は何度かやめようとしたけど失敗して結局飲み続けています。 

 そして次のステップは「自分を許す」でした。僕は常々、加害者意識を持ち、自分は許さない方がむしろいい、と考えていたので、このステップには驚きました。 

 この映画は、養子として育った男がアルコール依存症になり、車椅子生活に陥ったけれど、人生を再生する様子が描かれています。もし僕がジョンの養父で、ジョンが最悪の時期に再会していたら、さぞ心を痛めてしまうだろうと思います。断酒会での取り組みがうまくいき、再会できて本当によかったです。 

 人生には深くて大きな問題が生じます。そして問題からは目をそらそうとすればするほど深みにはまり、自分を陥れます。ごまかそうとしてもしきれないのが自分だからです。向き合う以外に解決の方法はありません。さまざまな問題といかに向き合うか、という普遍的なテーマを描いた素晴らしい作品です。養子に逃げられてしまうのは親にとっては本当につらいことで、愛着度は3です。最終的に和解できたので、勇気度は4にしました。

◇『ドント・ウォーリー』予告編(90秒)

『ドント・ウォーリー!』日本版公式サイトはこちら
2019年5月3日(金)から全国で公開中 劇場情報はこちら

ポスター写真

監督:ガス・ヴァン・サント
出演:ホアキン・フェニックス、ジョナ・ヒル、ルーニー・マーラ、ジャック・ブラック他
配給:東京テアトル
© 2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC

古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

〈古泉智浩 里親映画の世界〉イントロダクション―僕の背中を押してくれた「里親映画」とは?