〈古泉智浩 里親映画の世界〉vol.18「リンドグレーン」婚外子と一緒に暮らすため奔走した有名童話作家

古泉智浩「里親映画の世界」

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vol.18『リンドグレーン』(2019年/スウェーデン/新生児~5歳の男の子/里子)

 『長くつ下のピッピ』『ロッタちゃん』などで知られる有名な童話作家のアストリッド・リンドグレーンの伝記映画です。このコーナーで紹介した時点で里親映画であるネタバレが確定してしまうのが非常に申し訳ないところですが、どのような形での里親映画であるのかを探っていただけたらと思います。彼女がスウェーデンの田舎で家族と暮らす16歳から物語が始まります。時代は、明示されていませんが、後で調べると第二次大戦より前、1920年代の後半あたりでした。自動車が走り回って、電気や電話も開通しています。

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 アストリッド(アルバ・アウグスト)の家は農家で、彼女も牛の世話からジャガイモ畑など学校に通いながら手伝わなければなりません。ある時、アストリッドの作文が新聞に掲載され、それがきっかけで新聞社で編集の手伝いをすることになります。

 お父さんには「家の手伝いの方が大事だぞ」と、野良仕事の手伝いを怠らないよう釘を刺されます。新聞社とはいえ、社員は社長一人だけ。社長は奥さんとの離婚訴訟の真っ最中で、娘はアストリッドと同じくらいの年です。アストリッドはテキパキと仕事をこなし、社長は彼女に信頼を置くと同時に、女性として気持ちを寄せるように。アストリッドもまんざらではなく、18歳になった彼女は社長と恋に落ちました。

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 ここから決定的なネタバレになりますので、映画をお楽しみになりたい方は絶対に先には進まないでください!

 アストリッドが畑を焼く農作業を手伝っていたときのこと、辺り一面に煙が立ち込め、彼女は吐き気を催しました。つわりだったのです。アストリッドの家は敬虔なクリスチャンで、お父さんは教会の役員をしています。婚前交渉による妊娠など認められません。また、恋人である社長の離婚は成立しておらず、妊娠が奥さんに知られれば最悪の場合、姦通罪で投獄されます。出産には教会への届け出が必要ですが、家族も恋人もアストリッドに妊娠を隠すよう求めます。自分とお腹の子を受け入れようとしない実家と田舎への決別を宣言し、彼女は都会に出て秘書の学校に通い始めます。

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 隣国のデンマークでは、出産に際して教会への届け出が必要ではないと知ったアストリッドは、汽車で国境を越えての出産に臨みます。デンマークではマリー(トリーネ・ディアホム)という産婆さんの元で出産し、産んだばかりの男の子、ラッセをそのまま預かってもらいます。

 その頃、アストリッドは秘書として働いていました。ラッセと暮らす部屋を借りるためには、スウェーデンで働かなければなりません。ラッセの顔を見るためにたびたびデンマークに通いますが、交通費も相当掛かっていることでしょう。なかなかお金はたまらず、ラッセは2歳半になりました。ようやくラッセと2人で暮らせる部屋を借りることができてデンマークを訪ねると、ラッセは養母のマリーを「ママ」と呼び、アストリッドのことを「ラッセママ」と区別します。アストリッドには全くなつきません。デンマークとスウェーデンの言葉の違いもあり、ラッセはアストリッドの話し方を変だと指摘します。

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 「私はお母さんじゃない、お母さんはあなたよ」

 アストリッドはマリーにラッセを里子として預けることにしました。息子が本当に愛着を感じているのはマリーで、自分ではないのだ、ラッセの幸福を願うなら自分ではなくマリーと一緒に過ごすべきであるとの苦渋の選択でした。ラッセはマリーの子どもと兄弟同然に暮らし、広いお庭で草木に親しんですくすくと成長していきます。

 その頃、ようやく息子の父親である社長の離婚が成立しました。しかし、姦通罪で収監されずわずかな罰金で済んだ、これで結婚ができる、と浮かれた様子を見て、アストリッドは「自分やラッセの苦労を何とも思っていないのか」と感じたようです。結局、彼とは別れることにしました。

 恋人とは別れ、息子とも暮らせないそんな失意のどん底でヤケになって会社のパーティーで飲んだくれてめちゃくちゃに踊ります。もともと彼女は踊りが好きで奔放な性格です。

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 ラッセが5歳になったある日、里親のマリーが病気で倒れラッセを養育できなくなってしまいます。アストリッドはラッセを引き取りに行きますが、「本当のお母さんに会いたい」とラッセは寂しがります。生みの母親なのになついてもらえず、まるで自分が引き離したかのような立場に置かれたアストリッド。ようやく夢見た息子との暮らしなのに、あまりに厳しい現実です。

 その上、ラッセは喘息のような咳で夜眠ることができず、アストリッドも夜通しの看病でヘトヘトに。そんな息子に、自作のお話を聞かせてあげているうちに息子と心が通うようになり、ある夜、彼が言います。

 「一緒に寝てもいい?」

 「もちろんよ」

 アストリッドがお話の続きを話していると、ラッセが隣で静かに寝息をたてていることに気づきます。

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 キリスト教の戒律の厳しい時代と地域であったため、婚外子を里子に出さざるを得ない状況を描いた里親映画です。僕が里親になる前に、思い描いていた実子を里子に出す母親のイメージは、まさにアストリッドでした。ですが、里親研修の時、施設の職員さんに「みなさん断腸の思いでこちらに預けるんですよね」と聞くと、「そうでもないから困っているんですよ」と言われたのが強く印象に残っています。この映画でもアストリッドが、マリーに預けたラッセに初めて面会に訪れる時「来ない人が多いのよ」と言われる場面があります。

 アストリッドはマリーが病気にならなければ、ラッセと暮らすことはなかったかもしれません。アストリッドのお話にラッセが関心を示し、心が通うようになってホッとしました。一方で、アストリッドとラッセのような結末にならない親子がいるからこそ、僕たちのような里親という存在がある。改めて僕らの幸福は、人々の不都合の上に成立していることを痛感させられます。愛着度と育児度の満点はマリーに対する採点です。

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古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

〈古泉智浩 里親映画の世界〉イントロダクション―僕の背中を押してくれた「里親映画」とは?

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