子どもは虐待されても声を上げられない…だから「意見表明支援員」が必要です 傷ついた子の意見を聞き代弁

井上真典、川上義則 (2023年5月13日付 東京新聞朝刊)

名古屋駅前でNPO法人「全国こども福祉センター」に募金をした男性に声をかける黒田祥子さん=名古屋市中村区で

 虐待などで一時保護されるなどした子どもの声を聞き、行政などに伝える意見表明支援員の活動が、全国各地で始まっている。子どもの権利の一つ「意見表明権」を保障し、行政の支援につなげるのが狙いだ。なぜ、子どもの声を聞く必要があるのか。かつて父親から虐待を受けながら、声を聞いてもらえなかった若者の体験を通じて考えた。

意見表明支援員とは

 独立した立場で一時保護所や社会的養護施設などにいる子どもの声を聞き、関係者に知らせる役割を持つ。2024年4月施行の改正児童福祉法で都道府県などの導入が努力義務となる。英語でアドボケイト(代弁者)と呼ばれる。明治学院大の松原康雄名誉教授(児童福祉)は役割を「子どもが自分のことを決める場に参加できることが重要だ。支援員は子どもが参加するときに手伝ったり、参加できない子どもの声を代弁したりする」と説明する。

父から殴る蹴る でも外では明るく

 札幌市で育ち、小学校低学年から父親による殴る蹴るの虐待を受けた黒田祥子さん(27)の心情は複雑だ。父親は定職に就かず家にいることが多く、黒田さんが中学3年になると包丁を手に追い回すように。それでも「父は1人で生きていけない。私が必要だ」と思い込み、昼夜働いて家計を支える母親の離婚の提案を断った。ただ、外では明るく振る舞っても、内心ではいつも助けを求めていた。

 初めて窮状を伝えたのは中学3年の時。子ども向けの相談窓口にメールを送ると、学校に連絡が届き、担任の女性の先生に「本当なの?」と尋ねられた。認めると先生が泣き出し、心配させまいと「全部うそです」と笑顔で取り繕った。

何年も迷い、ようやくかけた電話で

 2度目は高校3年の時。児童相談所に電話したが、住所を伝えると「担当区域が違う。かけ直してください」と切られた。何年も迷い続けてかけた電話。再びかける気力はなかった。

 高校卒業後も親元にとどまったが、ストレスでパニック障害に。アルバイトでお金をため、24歳で友人がいた名古屋市で1人暮らしを始めた。昨夏、虐待などで親を頼れない若者の支援団体ブリッジフォースマイル(東京都港区)が主催するスピーチイベント「コエール」に参加。つらい体験を人前で話すことで「気持ちを整理できた」と感じている。

社会的養護の現場は人も予算も不足

 虐待を受けた子どもについて、ブリッジフォースマイルの林恵子理事長は「どんな子どもも小さい時は家庭がすべて。暴力を受けても親を守りたがる。親から逃げたいと思うのはよっぽどのこと」と指摘する。

 しかし、子どもたちが声を上げても、日本では実現できないことも多い。児童相談所など社会的養護の現場が人員も予算も不足し、対応しきれないからだ。

 「かけた電話に対応してもらえないようでは、子どもは声を上げなくなる。子どもの権利を守るには、社会がその声に対応できるように準備しなければいけない」と、人員や予算の大幅な拡大を訴える。

 黒田さんは今、街中で居場所のない中高生たちに声をかけるNPO法人の活動に取り組む。「苦しさを言葉で伝えられる子は少ない。だからこそ、子どもが発した1回の声って人生を左右するぐらい大きい。耳を傾けたい」。そう思い週1回、名古屋駅近くで呼びかける。

都内5区で導入 一時保護所などで活動

 東京都では意見表明支援員が5区で導入され、一般社団法人「子どもの声からはじめよう」(江戸川区)で養成した人が江戸川区と中野区で週1回、板橋区では月2回、一時保護所などを訪問し、虐待などで保護された子どもの声を聞いている。

虐待急増に追いつかない 構造的な問題

 「子どもの声からはじめよう」の川瀬信一代表理事(35)は、千葉県の児童養護施設の出身。母親の虐待から逃れるため、小学6年で一時保護された時、児童相談所の職員に引受先を「里親がいいか、施設がいいか」と聞かれた。里親を選んだが、うまくいかず4カ月で一時保護所に戻された。それでも「意見を聞いてくれたので、納得できた」と振り返る。

 2019年にあった千葉県野田市の虐待死事件では、一時保護された女児が「家に帰りたくない」と訴えたものの保護が解除され、女児が亡くなった。判断したのは川瀬さんを保護した児相だった。なぜこうなったのか。虐待の相談件数が急増する中、対応する職員数は微増だった。「構造的な問題だ」との思いに至り、支援員を養成するきっかけの一つになった。

 支援員の活動には課題もある。訪問先の職員との意思疎通がうまくいかなかったり、支援員が子どもの気持ちに入り込みすぎ的確に判断できなくなったりする可能性もある。「支援員は1人で行動せず、監督者のもとチームで動くことが大切になる」と強調した。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2023年5月13日