子どもの声の代弁者「アドボケイト」 虐待防止に期待大 試験導入した三重県・鈴木英敬知事に聞く

安藤美由紀、小林由比
 今国会で成立する見通しの児童福祉法改正案は、親への体罰禁止を定めるだけでなく、子どもの側に立って本音を聞く仕組みについて、2022年春をめどに「必要な措置を講じる」ことが付則に盛り込まれています。「アドボケイト(代弁者)制度」や「アドボカシー」と呼ばれ、虐待を防ぐ手だてとして期待が寄せられています。試験的に制度を導入している三重県の鈴木英敬知事に手応えなどを聞きました。

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「子どもがどんな気持ちになるか、先入観持ってはいけない」

―子どもの権利を重視して、子ども施策を進めています

 2011年4月に施行した「三重県子ども条例」の前文には、子どもの自己肯定感が大切だと書いており、子どもの声を政策に反映する、ということも入れています。待機児童解消など子育て支援の原点は子どものためにはどんな制度が良いか、ということ。その原点を忘れては絶対だめですよね。

―子どもの権利の中でも、子どもの意見を聞く「アドボケイト」は、国内ではまだなじみが薄い分野です。必要だと思ったきっかけがあるのでしょうか。

 以前、10人ほどの里親さんと語り合う機会があった時に、ある方が里子が来たことで、それまで関係が良くなかった実子との関係も良くなったという話をしていました。弟みたいな存在ができたことで、高校生の実子がその子に優しくしてくれて、親との関係も良くなっていったということでした。一般的に、里子として新たな子どもが家庭に来たら、実子は親を取られたと寂しい気持ちになったり、嫉妬したりして難しい状況になるのではないか、と思ってしまいがちですが、子どもがどんな気持ちを持ち、育っていくのかは先入観を持ってはいけないと。子育て施策に力を入れるなら、子どもの本当の声を聞いたらんとあかんやないか、と思ったんです。

アドボケイト 「代弁者」や「擁護者」などと訳される英語。さまざまな理由で意思表明が難しい高齢者、障害者、子どもらが自身の思いを示せるように支援し、その権利を代わりに主張する。具体的には、行政機関が法的措置や福祉サービスについて決定しようとする際、当事者の立場に立って意向を示す役割を担う。子どものアドボケイトは、英国やカナダで公的な制度が既に導入されている。

「子どもが最も大人に近い国」カナダの視察でわかったこと

―どのように導入を進めてきたのですか。

 2017年に先進地であるカナダの施設を視察しました。カナダは、「子どもが最も大人に近い国」と言われていて、子どもの権利が守られている国の一つです。児童相談所などから独立した第三者がアドボケイトを務めていることを知りました。

 県ではまず、18年度から試験的に児相などの県職員を対象に研修を始め、これまでにのべ44人が受講しました。虐待などで家庭にいられなくなった子どもを預かる「一時保護所」で、職員の中にアドボケイト役を決めて、子どもの意見を聞く取り組みを行うと、その担当者だけでなく、職員全体に子どもの気持ちを意識して対応する雰囲気がつくられていきました。子どもの声を引き出すのはさまざまな場面で必要なので、今後は児相職員だけでなく、医療とか福祉関係の皆さんにもアドボケイトになってもらえるようなネットワークづくりを今進めています。

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アドボケイトについて学ぶ県職員の研修

まずは子どもの安全確保 一時保護の判断をスピードアップ

―アドボケイト導入の機運が高まったのは、虐待で子どもが亡くなる事件がきっかけでした。ほかに虐待対策で取り組んでいることは。

 2014年度からは、一時保護の必要性を判断するために独自の評価項目を導入しました。「過去に児相への相談があった」とか親の年齢などの項目をチェックし該当項目があれば保護を検討する、という流れを決めたことで、保護までのスピードをアップ。もちろん最後は人が判断するのですが、ちゅうちょせずに職員が判断できるようになってきています。導入前は一時保護のうちの緊急保護の割合が75%ぐらいだったが、今は90%超。一方で、一時保護した後、子どもを家庭に帰すまでの日数は全国平均より短い。まず子どもの安全確保のために一時保護するけれど、虐待ではないと分かればすぐに家庭復帰させる。親ともめたとしても、子どもの安全確保が第一だと考えています。

 6月下旬からは、県が蓄積してきたデータを基に産業技術総合研究所(茨城県つくば市)が開発した人工知能(AI)による虐待対応システムも導入していきます。人手不足や知見を蓄積することが難しくなっている現状で、AIやデータを有効に使って、過去の経験を若い職員たちに伝えていくことも期待しています。

―いじめの問題もなお深刻です。

 先ほどのカナダへの視察の後にもう一つ取り入れたのが「ピンクシャツ運動」です。ピンク色のシャツを身につけることで、いじめ反対の意思を示すカナダ発の運動で、オンタリオ州の青少年を担当する大臣にお会いしたときに教えてもらってそれはいいなと思いました。毎月第4水曜日をピンクシャツデーにして、僕も着ています。

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自身は7歳、3歳の子のパパ「毎日アップデートしないと」

―ご自身の子育てはいかがですか。

 7歳と3歳の子がいますが、自分自身も迷いながらやってます。ここで怒った方がいいのか、たまにやからこれくらい見逃してやってもいいのかとか(笑)。自分が耳を傾けているつもりでも、分からないことも多いし。でも、基本的には子どもが言ったことはよほど無理なこと以外はやってみてあげるようにする。あとは、日々の変化を大切にしています。幼稚園の先生とのやりとり帳は毎日見るとか、妻(元アーティスティックスイミング日本代表の武田美保さん)とも、まめに子どもの話をするとか、毎日アップデートしていないと、追いつけなくなりだんだん関心が薄れてしまうと思います。

 ただ長い休暇を取ることだけではなく、それよりも日々ちょっとずつパートナーと一緒に子育ての形をつくりあげることが大事だと思うからです。うちは妻も忙しいので、おばあちゃんにもむっちゃ支えてもらっています。

―子育て施策というと市区町村の役割という印象が強いですが、県が関わる意義はどこにあるのでしょうか。

 三重県は政令市や中核市もなく、大きい自治体がないので、県と市や町の一体感があることは大きいですが、「専門性」「補完性」「広域性」「先進性」が県の役割だと思います。

 例えば児童虐待について、すべての基礎自治体でとても詳しい専門の人材を確保するのは難しい場合、県がサポートできる。また、松阪市に住み、津市の会社に通う人にとって、病児保育は松阪がいいのか、津がいいのか、といったテーマもあります。

 先進性については、妊娠期から子育てを一貫して支えるフィンランドの子育て支援「ネウボラ」のように、新たな取り組みはいきなり県全域で導入するのは難しくても、モデル地域でやってみて、展開していくというのは県ができることではないでしょうか。

子育て施策に注力→合計特殊出生率の増加幅が全国1位に!

 また、企業へのアプローチは県の方がしやすい面があります。子育て政策は、働くことと裏表なので、子育て世帯の働きやすさにつながる取り組みについて、企業側に県からアプローチすることも子育て支援になります。

 県では毎年、「あなたの幸福度は10点満点で何点ですか」と県民1万人にアンケートをしています。幸福度を判断するときに重視することを尋ねると、これまで実施した8回のうち7回が、「家族関係」が1位でした。子育て施策に力を入れてきたことで、合計特殊出生率は昨年1.54で増加幅は全国1位になりました。幸福度を高めるのに大事なのは、家族関係が安定していたり、家族が安心して暮らしていけることなんだと確信しています。子育てや介護、家族に障害のある人がいても安心して暮らしていけるようにすることをこれからも大切にしていくつもりです。

鈴木英敬(すずき・えいけい)

 1974年、兵庫県生まれ。東京大卒、旧通産省(現経済産業省)に入省。2009年の衆院選三重2区に自民党公認で出馬し落選。11年、当時の全国最年少知事として初当選し、現在3期目。

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