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「結愛ちゃん事件」に学ぶこととは 虐待された子を診察する専門家に聞く

(2018年12月29日付 東京新聞朝刊)

 3月2日、東京都目黒区で父親に殴られた船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5つ)が死亡しました。香川県から転居して1カ月余の出来事。両都県の児童相談所がかかわりながら命を守れなかったことや、「もうおねがい ゆるして」などと結愛ちゃんが書かされた「反省文」が公表され、社会に衝撃を与えました。来年、悲しい出来事を減らすために何を学ぶか。虐待された子どもたちを数多く診察してきた国立成育医療研究センターこころの診療部統括部長、奥山真紀子さんに聞きました。
児童虐待から子どもを守るうえでの課題などを話す国立成育医療研究センターの診療部統括部長、奥山真紀子さん

児童虐待から子どもを守るうえでの課題などを話す国立成育医療研究センターこころの診療部統括部長、奥山真紀子さん

子どもの代弁者「アドボケート」日本も導入を

―この事件が特に人々に響いたのはなぜでしょう。

 反省文が残っていたからでしょうね。なければ、結愛ちゃんがどれほどつらい思いをしていたか、大人は想像できなかったのでは。同じように子どもが苦しんだ事件でも、それほど騒がれていません。

―子どものつらさへの感度が鈍いのでしょうか。

 それもあります。結愛ちゃんは香川県児相に一時保護された時「おうちに帰りたくない」と言った。4、5歳児が帰りたくないなんてよっぽどなのに、重大だととらえてもらえなかった。

 米国や英国の福祉では、子どもの言いたいことを代わって伝える役目の大人(アドボケート)がいます。子どもは立場が低く本当の気持ちを主張しにくい。結愛ちゃんの声も、アドボケートが子どもの意見表明だとして伝えれば聞き流されなかったかもしれない。日本でも導入するべきです。

女児が虐待を受けた建物の前に供えられた花束

結愛ちゃんが虐待を受けた建物の前に供えられた花束

―事件をきっかけに、虐待防止へ社会が進んだ感触はありますか。

 なんとかしたい意識が生まれ、虐待に敏感になったのはよかった。ただ、国の対策で気になる動きも。

 その1つが、警察と児相の情報共有を進め、警察の関与を大きくしようとしていること。例えば近所で泣き声が聞こえた時、気兼ねなく児相などへ通告できるのは、困っている親子の支援になると思うから。警察が捜査に来るとなれば、ためらうかも。また、全児童の安全確認が求められているので、健診のない2歳未就園児は全て家庭訪問などで確認することになります。これでは監視社会です。

必要なのは「虐待の原因を取り除く」支援

 いずれも結愛ちゃんのケースに学んだ対策ではありません。足りなかったのは、なぜ虐待が起きているのか家族の問題を見極め、原因を取り除く支援でした。虐待者は父親だと明らかなのに、児相の指導は母子関係が中心でした。

 虐待を防ぐスタートは、取り締まりではなく、困っている家族への支援です。その感覚を誤らないでほしい。

 児相が子どもを一時保護するのも、親に対する罰ではなく、「このままいくとこの子を殺すか精神障害にしてしまう危険があるから、一時、社会が預かります。再び一緒に暮らせるように支援しますよ」ということなんです。出来るだけの支援をして、それでも難しい場合にのみ、子どもの最善の利益を考え、特別養子縁組や里親にゆだねることが必要になります。

児童虐待から子どもを守るうえでの課題などを話す国立成育医療研究センターこころの診療部統括部長、奥山真紀子さん

奥山さんは「児相を虐待対応の専門機関に」と訴える

ー子どもの最善の利益を最優先することは、2016年の児童福祉法改正で子ども福祉の原理として盛り込まれました。

 基本は、日本も24年前に批准した「子どもの権利条約」(外務省訳は「児童の権利に関する条約」)です。すべての人間が幸福に生きる権利を持っているように、子どもも大切に育てられ、幸せに生きる権利を自ら持っているんです。だから、福祉は大人が付加的に「してあげる」ものではないし、大人の都合で子どもの処遇を決めたりしてはいけない。その精神も、その時の法改正で明確になりました。

児相を専門機関に 社会的な地位向上を

-児相は子どもの権利を守る最前線としてあるはずですが、結愛ちゃんのケースのようにたびたび対応が問題になります。

 今、児相では悪循環が起きています。人手不足がいわれるので、厚生労働省は、まずは児童福祉司の人数を増やそうと量の確保に少し力を入れましたが、一人ひとりの力量を高めることは後回しにしてきました。

 その結果、現場では虐待の早い段階で適切な支援をするということがなかなかできず、手の施しようのない状態になって後追いすることになっている。しかも扱うケース数はどんどん増える。仕事の醍醐味を感じられないまま負け戦が続き、嫌になって辞めていく。なかなかプロが育たない。

 悪循環を断ちきるには、児相を虐待対応の専門機関に変えること。児童福祉司も、国家資格をつくって勉強した人だけが名乗れる専門職にするべきです。今は福祉分野で働いた経験などでなれてしまう。

 保育や老人福祉の分野でもそうですが、人間の命を扱うという大事な仕事に、もっと行政はお金を入れ、社会的な地位を上げていってほしい。それこそが持続可能な社会づくりです。

<特集「ストップ 子ども虐待 わたしたちにできること」トップはこちら

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コメント

  • 匿名 より:

    父親の発言が問題になりつつ有るけど四国ではわりとメジャーな当然で当たり前の言い訳です。自分の父親も何に関しても同じ様な発言をします。多分仕事の話や恋愛やプライベートな事に対しても同じでは無いかと・・・四国でよく耳にする有る意味テンプレでワンパターンな会話です。程度の差は有れど半数以上の方々は同じ様な事を言うと思います。
    特に老人はこのタイプの方が8割くらいいらっしゃるかと思いますがそこに四国の風土病である昭和の土建業の教えや当時の土建業の社長の社員への接し方が何かによって統一され何処も同じ皆同じと大きな社会規範として成立してしまったからでは無いかと思います。
    おらん間違ごうちょる訳んない、正しいに決まっちょう。一生懸命やっち上手もうにいかん訳んない。躾けは厳しいにせんといかん。上手もうに行かんがはお前らあが悪いがぜよ。子供は褒めたら調子に乗るけん絶対に調子に乗らせたらいかん。教育とは強く言う事ぜよ強うに言うち分からんがやったらもっと強うに言わんといかん分かるまでどんどん強うに言わんといかん。
    これらは方言の違いは有れど四国で土方人足をやってた老人の共通認識でかなり統一された思考だと思います。四国でのビジネスの現場で耳目する方も多いのでは無いでしょうか?自分は前時代的だと思いますが異を唱える事は宇宙人扱いされるだけでした。

  • 匿名 より:

    アドボケートという子どもの言いたいことを代わって伝える役目という方の導入にはうなずけるのですが、虐待する親に対して、どの親にもも感じるのですが、親としてだけではなく人としての人間性、相手を気遣う心が無いのではないでしょうか。一連して同じように感じます。社会という共同体の中で生活をする「人」であれば、この「周囲の人たちへの気遣いや思いやり」は必要なのでは。虐待をするなんて親でも人でもない。このような人的機能を持ち合わせていない者に対して虐待死させた司法刑罰の軽さにも今の司法そのものにも不満を感じるのは私だけでしょうか。
    自分の欲望や欲求を弱いものにぶつける。身勝手から自分の子供、周囲の人たちにぶつけ、あげくのはてには殺してしまう。それでも今の司法では数年の刑罰しか与えない。そんなのおかしい、殺したのだから自分も死によって償うべし、と考えるのはいけないことでしょうか。幼い結愛ちゃんのように戦う術を持たない子供たちが、なにをしたというのでしょうか。それを救えなかった、術を持ち合わせている大人たち、周囲の人達、同じ大人として悔しいです。親は子を育て子は親を敬う、これが自然の姿ではないのでしょうか。毎日のように「虐待」のニュースが流れます、もう結構といいたいです。
    極論になりますが、このような世の中にしているのは、今の司法にも原因があるように思います。繰り返しになりますが、人を殺したのであれば、死をもって償いをさせる。そうすればこんな虐待という悲しい出来事も減るのではないでしょうか。過激とも思われるかもしれませんが、今の世をそのように感じている私です。