妊娠と出産はなぜスピリチュアルとつながるのか 子宮系、胎内記憶…その背景にある社会の圧力
「妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ」著者・橋迫瑞穂さんインタビュー
十数年前、江原啓之さんのテレビ番組などが火を付けた「スピリチュアル」ブーム。霊的な力を含意する「オーラ」「パワースポット」などの言葉は、本や雑誌、観光地など、ごく身近に流通している。そんな「スピリチュアル市場」の中心は女性客。中でも、妊娠、出産と結び付いたコンテンツの人気に注目するのが、社会学者の橋迫(はしさこ)瑞穂さん(42)だ。
批判だけでは見落とすものがある
「くだらないコンテンツだと笑い、愚かだと批判するのは簡単。でも、それは知的な怠慢です」。人生の重大局面で女性は何を求め、「スピリチュアル」はどう応えたのか。手短なオカルト批判の陰で、私たちは何か見落としていないか。
橋迫さんは、スピリチュアル市場で特に目立った3つのテーマで出版動向を調査し、新著『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』(集英社新書)で詳しく分析している。
「子宮系」の本は子宮に神秘性を見いだし、「子宮は宇宙と交信している」「子宮の声を聞こう」などと主張する。そして、子どもは生まれる前の記憶を持つとする「胎内記憶」、近代医療に頼らず、命懸けの出産を称賛する「自然なお産」の3つだ。
保守的な「女性らしさ」と結び付く
「これらがコンテンツとしてまとまってきたのは、東日本大震災以降です」
当時は博士論文を書き上げ、研究から一時離れていた。「スーパーでアルバイトしていました。接客業は楽しかったんですが、1年ほど続けて辞めようかと考えた頃、震災が起きて…」。店頭には、子連れの母親たちが「安全」な産地の米を求めて座り込んだ。その姿は切実だった。「震災後に『放射能から子どもを守ろう』という言説が目立ち始め、昔からのオカルト関係の人たちもいた。そこでスピリチュアル市場を注意深く見てみたら、妊娠、出産、子育てが人気コンテンツだと気付いたんです」
「子宮系」「胎内記憶」「自然なお産」には共通点があるという。女性の身体の肯定。保守的な「女性らしさ」と結び付き、フェミニズムに批判的な傾向。男性の存在が極めて希薄化されていること…。見えてくるのは、妊娠、出産について葛藤する女性を「スピリチュアル」が全面的に肯定し、受け止める構図だ。
妊娠、出産で人生一変する女性たち
「子宮系」などが支持される背景には「『仕事か出産か』『キャリアか母親か』という選択を女性だけに一方的に迫る社会」があると指摘する。「女性は妊娠、出産で人生が一変してしまうのが現実。もし、出産前後の日常がなだらかにつながっていれば、スピリチュアルに接近することもないのでは」。個人的な趣味に見える「スピリチュアル」の興隆は、男性を含む社会全体が生んだのだ。
同時に、フェミニズムへの問題提起も。女性を勇気づけてきたフェミニズムだが、妊娠、出産は必ずしも肯定的に価値づけてきたわけではない。悩んだ末に出産を選んだ女性を「とりこぼしてきた」のではないか、と問う。
断罪する医師たち まずは内部批判を
一方、「スピリチュアル」を求める人々を医師や医療系のジャーナリストが「科学的」に断罪する動きには否定的だ。「健康や生命に関わる以上、医療と宗教は案外近い場所にあり、『子宮系』などのコンテンツも、産婦人科医が積極的にリードしてきた。だから、まず内部批判すべきでは」
一見「荒唐無稽」でも理解しようと試みる姿勢は当初から一貫している。問いの発端はオウム真理教だ。
地下鉄サリンなどの事件当時は高校生。通っていた宮崎県の進学校では、麻原彰晃(松本智津夫)元死刑囚の逮捕のニュースに、優等生ぞろいの教室で歓声が上がった。「オウムは自分たちが正しいと言い、同級生も正しいと考えた。人が何かを正しいと思い、救われたり癒やされたりすることは一体何なのか」
次は「母乳信仰」に取り組む
卒論から博士論文まで、オウムがなぜ暴力に走ったのかを研究。その後は「スピリチュアル」ブームを受け、1980年代からの少女文化としての占い、おまじないを分析してきた。
次は「母乳信仰」など育児関連のスピリチュアル市場の調査や、占い師のインタビューに取り組む予定だ。「人の悩み、不安定さをどう引き受けて、社会にどうフィードバックしているのか。この世のものではない方向に視線を動かす人々の実践に興味があります」
コメント