〈坂本美雨さんの子育て日記〉17・またね、おじいさん
行きつけのカフェ
娘には行きつけのカフェがある。2人で週に2回ほど通っている。私の友人である店主が昨年の春に開いたカフェで、アンティークの家具や選び抜かれた置物、長年レコード屋さんで働いてきた店主が選ぶ音楽、季節のお花など、とてもすてきだ。
おいしいコーヒーを飲みながら静かに本を読むのにぴったりで、本当なら2歳児を連れて行くのはハードルが高いが、なるべく混み合わない時間を見計らって店主に甘えている。娘も彼が大好きで、丁寧にコーヒーを注ぐしぐさを「ジャーする」と名付けて興味津々。隙あらばカウンターの中にまで踏み込もうとするのは困るが、近くを通れば店主に挨拶していくと言い張るほど、彼女の生活の一部になっている。
赤い帽子のおじいさん
昨年の12月、赤い帽子のおじいさんのアンティーク手人形が、カフェに飾られた。娘はお店を訪れるたびにその手人形で遊んでいたが、年の瀬の30日、家族で訪れた時に、おじいさんがいなくなっているのに気づいた。クリスマスが終わり、しまわれていたのだ。だが、店主がもう一度、出してくれた。オットが手にはめて、おじいさんの声色で「今日はなに食べてきたの?」と娘に声をかける。
うれしそうにしばらく会話をした後、おじいさんが別れを切り出す。「今日ね、もう帰らなくちゃいけないんだ。バイバイできるかな?」。浮かない顔で、うん、とうなずく娘。おじいさんへ両手を出し、抱きしめる。おじいさんはバイバイしながら出口の方へ、消えていく。その時、娘が「どこに帰るんですかー」と言って、突然泣きだした。慌てた両親、じゃあ最後にもう一度ギューだけしようか、と提案。パパ、もう一度呼んでくるから!と呼び戻しに行く。心配そうに扉の向こうへ首を伸ばす娘。そしておじいさんは「最後にもう一度ハグしに来たよ」と言って帰ってきた。2人は、ぎゅーっとハグ。「じゃあ、元気でね、また来年だよ」と優しく言って、彼女が納得したのを確かめて、彼は帰っていった。
唇をへの字に結んで、涙を必死でこらえていた彼女の顔は、忘れられない。納得して、ちゃんとお別れしたのだから、泣いてはいけないと思ったのだろうか。時おり「おじいさんまた来るんだよねー!」と言う娘。今年、どんな顔で再会するだろう。おじいさんも、きっともう会いたがってるに違いないよ。(ミュージシャン)