性被害から子どもたちを守るために 元新聞記者が絵本「パンツのなかのまほう」を出版
オムツが取れる3歳ごろから読み聞かせを
淡い水玉のパンツ、ウサギやみかん、お星さまが描かれたパンツ…。絵本の表紙は空色を基調に、子ども用のカラフルなパンツが円を描くように並んでいる。
「性教育というより安全教育に近い絵本にしました。交通事故から子どもを守るのと同じように、繰り返し読んであげてほしい」。中川さんが絵本を手に話した。オムツが取れる3歳ごろから読み聞かせできる内容で、巻末には大人向けに具体的な対処法も載せた。
タイトルには2つの意味を込めた。1つは絵本の中で物語の案内人のリスが話したように「おとなになったとき、つかえるまほう」だ。好きな相手との幸福な性行為を意味する。
加害者、多いのは親族や知人など顔見知り
もうひとつの意味は「性にまつわる尊厳」だ。性被害は身体への暴力だけでなく、尊厳を奪う犯罪だ。絵本の中でリスは、世の中には「まほうどろぼう」がいて、盗んだら「ほかのひとにいうな」と脅したり、「ないしょだよ」と約束させたりする、と指摘する。万が一盗まれたら、信じられる大人にあきらめずに訴え続けると、魔法を取り戻すことができると説く。
中川さんは、泣き寝入りさせたくないという思いからリスにこんなことを語らせた。実は性被害は顔見知りの犯行によるものが多く、とりわけ幼い被害者は被害を言い出すのが難しい。
犯罪白書によると、2019年の強制性交容疑の認知件数は1405件。容疑者と被害者の関係は、7割が「親族」か「知人など面識あり」だった。警察庁の別の統計でも、20年の性的虐待の被害児童数は300人と過去最多。虐待した人は、実父と養父が76%に上った。
20歳以上の男女を対象にした20年の内閣府の調査でも、「無理やりに性交などをされた」のは24人に1人で、加害者が「全く知らない人」は1割に満たなかった。
忘れられない担任による性被害の取材
中川さんがかつて取材した事件もそうだった。毎日新聞の記者だった06年、千葉県の小学校で、知的障害のある女児が繰り返し性被害を受けたと訴え出た。加害者とされたのは担任の男性教諭だった。学校や教育委員会は被害を認めず、刑事事件の裁判で教諭は無罪になった。ところが、民事裁判では教諭による性被害が広く認定された。
中川さんが事件を忘れたことはなかった。「性被害は『ある』前提で幼いころから対策していくべきだ。日本は現実を見ないふりをし、いつも対策が後手に回る」と訴える。
性暴力防止の取り組み、もっとポジティブに
中川さんは名古屋市で生まれ育った。高校2年で「米国の差別の現状を見たい」と1年間米国バージニア州に留学。大学でもアパルトヘイト(人種隔離)後の社会に触れたいと、南アフリカを飛び回った。
記者を経て、12年からは、障害のある人たちのアートをブランド化するプロジェクトに取り組み、英国の大学院に留学。1児の母になった。絵本作りは4年前から準備を進めてきた。
中川さんは「性暴力から子どもを守る取り組みを、公に語ってはいけないような空気があった。もっとポジティブなイメージに変えていく必要がある。被害を抱え込まなくてもいい社会にしたい」と呼び掛ける。印税は、子どもの性被害防止活動をする団体に寄付するという。