「交通事故のシンボルに」 息子が遺したアサガオの種 命の大切さ伝える母の願いとともに全国へ
「迎えに行っていれば」後悔の日々
謙真君は7歳年上の姉と2人きょうだいだった。2016年2月15日午後、下校途中に自宅から200メートル離れた区道交差点で事故に遭った。青信号の横断歩道を渡っていた際、右折してきた2トントラックにはねられ、搬送先の病院で亡くなった。運転手の前方不注意が原因だった。
香さんは学校から連絡を受け、病院に駆け付けた。集中治療室(ICU)に入った息子は香さんと会えないまま、7時間後に息を引き取った。
「もし学校に迎えに行っていればと考えてしまい、後悔で頭がおかしくなりそうだった」と香さんは振り返る。自宅に引きこもり、人に見られないよう、夜に買い物に行った。
「雨が降ると、外で見つけた虫を心配したり、友達同士がけんかしていると、仲裁に入ったりする優しい子でした」
見つけた種、同級生が育ててくれた
息子との思い出と向き合っていたある日。玄関の鏡餅を片付ける際、鏡餅を供える台の穴に数十粒のアサガオの種が入っているのに気付いた。謙真君がいたずらで庭のアサガオの種を入れていたのを思い出した。警視庁の犯罪被害者支援の担当者に話すと「謙真君が残してくれたんですね」と言われた。
香さんは同年春、息子が通っていた区立綾瀬小学校を訪ね、「アサガオを育ててくれませんか」と頼んだ。すると同級生が体育館の壁沿いに置いたプランターで育ててくれた。昨年度からは仮校舎の壁沿いで育てており、毎年収穫した種を香さんに渡してくれる。
講演から広がる縁「空から見てるんだ」
事故から2年後の18年、香さんは公益社団法人被害者支援都民センター(新宿区)から中高生らに講演してほしいと依頼され、引き受けた。最初は事故を思い出すだけで涙が止まらなかったが、話すうちに心が整理されていったという。
「いくら後悔しても、けんちゃんはもう戻らない。誰もが被害者にも加害者にもなることをしっかり伝えたい」との思いで40回以上の講演に臨み、希望者にアサガオの種を配った。
種はもらった人から友人らに広がり、千葉や宮城、沖縄県の人からも「子どもと交通安全の話をしながら楽しく育てています」とのメッセージが届く。香さんは「講演を機に多くの人に出会い、元気をもらった。けんちゃんが空から見ていて、人の縁を結んでくれてるんだと思う」と話す。
春の全国交通安全運動が始まった6日、香さんは警視庁のイベントに参加し、通行人にけんちゃんの種を配った。「色鮮やかなアサガオを見て、気持ちに余裕を持って運転してほしい」