タクシー・トラック業界に高齢化の波 運転手の安全対策は? 池袋暴走事故から考える
76歳のタクシー運転手「家族に言われたら引退」
「人生100年時代。働けるうちは働きたい」。東京都葛飾区のタクシー会社「実用興業」の運転手西畑満さん(76)は背筋を伸ばし、タクシーに乗り込みました。
週に2日、日中に新宿や渋谷などで客を拾っています。20年以上の乗務歴で人身事故はゼロ。年金収入はありますが、客との交流が楽しく、仕事を続けています。事故を起こさないため慎重に運転するのはもちろん、週に3日はジムに通い、日常生活で異変がないかを家族にチェックしてもらっています。「家族に『危ない』と言われたら引退する」と自分を戒めながらハンドルを握ります。
タクシー運転手の平均年齢は60.1歳 毎年上昇
同社の運転手は240人。うち70代が3割近くを占めます。乗務を続けられるかどうかは、運行管理の担当者が、乗務前後の声掛けや健康診断、ドライブレコーダーなどで個別にチェックしています。運転手の雇用契約は70歳以上で半年、73歳以上で3カ月の短期に切り替え、坂本篤史社長(54)が更新のたびに面談して健康面の問題などを確認しています。
全国ハイヤー・タクシー連合会によると、運転手の平均年齢(昨年男性)は60.1歳で、毎年約0.5歳ずつ上がっています。今後も高齢化が見込まれるため、連合会は本年度から65歳以上の運転手を雇う際の安全対策のガイドラインを作り始めました。
トラック業界も苦心「高齢者雇用促進の手引き」
トラック業界は、インターネット通販の宅配が増える一方で若いドライバーの採用が進まず、全日本トラック協会が2015年9月、「高齢者雇用推進の手引き」を作成しました。加齢で視野が狭まることなどに配慮した安全対策、健康管理についてまとめています。
ただ、藤原利雄常務理事(65)は「加齢による衰えは個人差が大きすぎ、一般的な対策は示しづらかった」と振り返ります。
福祉の現場もドライバー高齢化 上限引き上げ
福祉の現場でも、ドライバーの高齢化は課題になっています。調布ゆうあい福祉公社(東京都調布市)は、高齢者宅に車で食事を届ける配食ボランティアの年齢の上限を73歳から75歳に引き上げました。
同公社の住民参加部門の責任者星野良二さん(46)は「企業の定年が延長され、ボランティアが集まりにくくなっている。高齢ドライバーの安全対策を強化する必要がある」と話し、ボランティアたちと一緒に対策を検討しています。
高齢ドライバーの注意点 首の動き、踏み換え、パニック…
高齢ドライバーの注意点について、一般社団法人「高齢者安全運転診断センター」分析担当の橘則光さん(54)は「視野の狭まりなど加齢による変化を自覚し、自分の運転を過信しないことが必要」と強調しています。
・夜間視力や動体視力が落ちるので、夕暮れや夜間の運転をできるだけ控える。速度を落とす
・首を動かしづらくなるため、右左折時にはしっかり徐行し、死角の安全確認は体全体をひねって行うようにする
・アクセルからブレーキへの踏み換えに時間がかかるようになるので、歩行者の動きなどを早めに見る習慣をつける
・複数の車や人の動きを同時に確認することが難しくなるため、危険性の高いものから順番を付けて確認する
同センターは運転の様子をドライブレコーダーの映像で分析し、助言しています。橘さんによると、高齢者は首の回る角度が狭くなり、これまでと同じように運転しているつもりでも、後方確認が不十分になることがあります。また、長年の経験から「この交差点は車が出てこない」と思い込んで一時停止を怠るなどし、自宅近くの慣れた道で事故を起こしやすくなるそうです。
ミスで慌てたときに若い人より長くパニックになってしまい、大きな事故につながりやすい傾向もあります。橘さんは「交通量の多い道を極力避けることも一つの対策だと思う」と話しています。
記者も池袋の事故の被害者と同世代で、同じ年頃の子どもがいるので、事故の悲惨さを伝える遺族の言葉には胸が詰まります。しかし、地方に暮らす、まもなく後期高齢者の両親とはなかなか免許返納の話ができていません。まずは帰省したときに両親の運転する車に乗って、普段の様子を知ることから始めたいと思います。