かこさとしさんが伝えたかった戦争の不条理 未発表作が絵本に 自身の体験を描いた「秋」
昨春に長女が発見 1953年に描いていた
題名は「秋」。19枚からなる未発表作品だ。昨年春、長女の鈴木万里(まり)さん(64)が作品を整理していて見つけた。「読んでみて、作品に込めた父の思いを強く感じた」。鈴木さんが編集者に持ち掛け、出版が決まった。
紙芝居は、表紙などの記載から1953~55年に描かれた。かこさんは絵本作家になる前、子ども向けの紙芝居を数多く手掛けていた。1982年には絵本として発表するため改訂したものの、世に出なかった。紙芝居と一緒に見つかった手紙に「出版できず申し訳ない」と編集者のおわびもあった。
舞台は敗戦前年の1944年の東京。高校2年のかこさんは学徒勤労動員で、戦車の部品を作る工場に泊まり込みで働いていたが、虫垂炎で入院していた。
後の作風とは異なる、太い黒線の緊張感
紙芝居は美しい、実りの秋の風景から始まる。そして、勉強のできない日々、食糧不足など戦中の重い雰囲気も描かれる。子どもたちの世界を朗らかに描いた後の絵本の作風とは大きく異なり、太い黒線などの絵から緊張感が漂う。
鈴木さんが作品で強く印象に残ったのが、病院の地下壕(ごう)からの描写。青く澄んだ秋晴れの空に、戦闘機から飛び出した日本兵が落下傘が開かないまま落下していく様子を描いた一枚だ。
家族には戦争の話をしなかった父が…
かこさんは家族に戦争の話をあまりしなかった。「父が戦闘で人の命が奪われる場面を目撃していたとは知らなかった。航空士官を目指しながら諦めた父にとって、自分の価値観が間違いだったと気づいた瞬間だったのでは」
作品では、戦争への憤りや、身近な人たちが命を奪われる不条理をストレートに訴えた。手術を担当してくれた医師の戦死の知らせを聞き、「戦争はどうして、こんな人たちを 元気で、明るくて、いい人たちを、次々殺してゆくのだろう」と嘆いた。
子どもたちが自分で考え、想像する力を
コロナ禍で暮らしが制限され、やりたいことがやれない日々が続く。鈴木さんは「そんな不自由さを体感する今だからこそ、戦時下を想像しやすく、より理解が深まるのではないか。青春時代を戦争と共に生きた父は生前、子どもたちには自分で考え、想像し、判断する力が大切だと言っていた。この絵本で少しでもそれらが身につけば、父も喜ぶと思う」と話す。
絵本は1760円。講談社刊。
かこ・さとし
1926年、福井県生まれ。本名・中島哲(さとし)。東京大工学部を卒業後、化学会社に勤務。ボランティアで子どもたちと関わり、紙芝居作品を多く手掛ける。1959年に「だむのおじさんたち」で絵本作家デビュー。愛らしいユーモラスなキャラクターで、子どもたちの身近な世界を生き生きと描き続けた。作品数は600を超える。科学絵本も多い。2018年、92歳で死去。
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