養育費不払い、どう解決する? 教育費もままならず、子の貧困に直結 支援の立場から見た解決の鍵と「取り立て」以上に必要なこと
お金の不安で子どもに夢を諦めさせたくない―
「離婚後、お金の不安で子どもに夢を諦めさせたくなかった」。養育費保証事業を展開する会社「Casa」で相談業務の仕事をしている荒井裕子さん(49)がきっぱり言う。
養育費は子どもの将来に関わると考える荒井さんも、離婚経験のある2人の娘の母。「不払いは子どもの貧困につながる。離婚しても、2人の親で育てる意識を持たなくては」
結婚を機に、勤めていた証券会社を辞めた。26歳で長女を生んだ後、電話会社のアルバイトをしていたが、30歳で次女を出産。2人の育児と家事、仕事をこなすのは厳しい。家の近くのメーカーで、総務の仕事を派遣で始めた。
離婚を考えたのは44歳のころ。子どもたちの教育費がかさむ時期を迎えていた。「父親がいなくなった時の娘たちの気持ちが心配だったけれど、何よりお金のことが心もとなかった。当時の勤め先の業績は先細りで、私はとりたてて資格もない。働き続けられるか不安だった」
「未払い分を立て替え、支払交渉も担う」仕事
まずは離婚後の状況を知ろうと、ひとり親の自立をめざす一般社団法人「日本シングルマザー支援協会」を頼った。先々の生活の見通しがつくだけの収入がある仕事が重要と分かった。「離婚した知人たちの多くが養育費を受け取れていない。子どもは『私立の大学に行きたい』、母親は『学費が出せない』と悩んでいた。人ごとと思えなくて」
やがて協会に「Casa」での仕事を紹介された。相談者が養育費1カ月分に相当する契約料と月々の保証料1000円を「Casa」に納めると、同社が最大36カ月分の未払い養育費を立て替え、相手との支払い交渉も担う仕事だ。「父親と母親の間に入り、子どもの将来をつなげたい」と考え、転職した。
離婚したのは転職から4カ月後の昨年3月。仕事に慣れ、安定した収入の見通しがたったころだった。「時間をかけ、互いに感情的にならず、するべきことを話し合った。私は親権はいらないが、娘たちと一緒に暮らす。向こうは養育費ではなく、自宅のローンを払ってもらうことにした」
それでも、学費に苦労した。娘2人は私立高校を出た後、長女(23)は芸術系の私立大、次女(19)は専門学校へ。学資保険を使っても学費が足りず、奨学金を借りてもらってまかなった。
解決の鍵は「取り立て」ではなく「気持ち」
仕事では、幼い子を抱えたパート勤務や無職の母親からの相談が多い。養育費がもらえないと教育費もままならない。ただ、解決の鍵は強制的な取り立てでなく、「気持ち」だという。
「どうやったら払えるか、相手方にも寄り添う姿勢が必要。自宅ローンなど他の支払いがあったり、再婚して新しい家族ができたりと、払えない事情もある。子どもがそばにいないのに、お金だけ出すのも心理的につらい。確実に払ってもらうため、定期的な面会交流も勧めている」
荒井さんの最終目標は、子どもが自分の未来を描けるよう、養育費をもらうのが当たり前の社会になることだ。
養育費を受け取っている母子世帯は24.3%
政府の「子供の貧困対策大綱」には、貧困を判断する39の指標の1つに、養育費をもらえない子の割合がある。養育費が払われているかは、子どもの困窮度合いに関わる問題だ。
厚生労働省によると、2016年に約123万2000世帯ある母子のひとり親世帯で、養育費を受け取っているのは24.3%にとどまる。そもそも、54.2%が養育費の取り決めもしていない。
働くひとり親女性は81.8%いるものの、非正規のパートやアルバイトが43.8%。母親の就労による平均収入は年200万円で、父子世帯(398万円)の半分ほどだ。
そんな現状に、政府も不払い解消に乗りだした。
法務省は20年、有識者会議を設けて制度面の対策をまとめ、翌年から法制審議会の部会でも議論。政府が今年6月に決定した「女性活躍・男女共同参画の重点方針(女性版骨太の方針)」にも対策が盛り込まれ、養育費に関して定めた公正証書の作成支援、養育費保証サービスの利用促進に向けた補助などを掲げている。養育費を受け取る割合の数値目標を設けること、必要な法改正も検討する。
働きたいのに生活保護を勧められる現実
各自治体も動いている。三重県松阪市は保証会社と契約し、養育費の立て替えや請求を保証会社に担ってもらい、市は最初の保証料を5万円を上限に支給。兵庫県明石市は保証会社をはさまず、市の予算で月5万円までの養育費を最大3カ月分立て替え、不払い時に裁判所が行う差し押さえなどの手続き費の補助などもしている。大阪市、神奈川県の横須賀市と藤沢市も、保証サービスの保証料や公正証書の作成費、強制執行の申立費などを補助している。
ただ、荒井さんが駆け込んだ「日本シングルマザー支援協会」の江成道子代表理事は「必要なのは『お金の支援』以上に『自立の支援』」と説く。同協会は、自治体や企業と連携しながら、就職支援や悩み相談、ひとり親同士が悩みを打ち明け合える交流会などを手がけている。
江成さんも5人の子を育てたシングルマザー。「仕事が好きで働くのは苦じゃない。でも、子育てと仕事の両立は大変だった。自治体に相談すると、生活保護を勧められる。働く意欲はあるのに、なぜ働いて自立するための支援が受けられないのか疑問だった」
母親は仕事をせず、子どもと一緒にいなければ。協会への相談者には、そんな思い込みにとらわれている人もいるという。
「働けない、養育費ももらえない。それで困窮したら、元も子もない。子どもだって母親が働いていないと進学に不安を抱く。養育費は、子どもとの生活に『使う』のではなく、子どもの将来の学費などに『ためる』もの。離婚時、公正証書を作って適正な額の養育費を受けることはもとより、母親自身も子どものために稼ぐ意識が欠かせない」
欠かせないのは正規雇用の働き方の見直し
ただ、非正規雇用の多いひとり親女性の経済的自立をかなえるのは、簡単ではない。正規雇用化すべきだとの論調もあるが、和光大の竹信三恵子名誉教授(労働社会学)は「正規雇用は長時間労働や転勤を強いられ、ひとり親にとって選びにくい働き方だ。正規雇用でも子育てと仕事が両立しやすくしなければ、非正規を選ばざるをえない状態が続く」と、正規雇用の働き方の見直しが欠かせないと訴える。
その上で、女性版骨太の方針は根本的な解決になっていないとみる。
「全般的な視点で制度設計を考えなくては。例えば、非正規雇用の給与は多くが最低賃金並みだが、日本の最賃額は生活できるレベルじゃない。ひとり親女性に非正規が多い現状を思えば、まずは最賃の引き上げに取り組むべきだ」
デスクメモ
「女性版骨太の方針」は誰が命名したのか。「女性」と「骨太」を結びつけるセンスは微妙だ。政府が自らの方針を「骨太」とたたえるのもどうか。経済財政改革の「骨太の方針」から拝借したのかもしれないが、安直な気がする。女性への配慮、反省、熱意を込めた名を考えてほしい。(榊)