キリンのツノは何のため?「わからない」から考えるのが楽しい。子どもの好奇心を育てる絵本「どうぶつのわかっていること・わかっていないこと」
研究成果より「わかっていないこと」
―ありそうでなかった視点の本ですね。できるまでの経緯を教えてください。
木下さとみさん 個人的な話になりますが、双子の姉の木下こづえが野生動物の研究者なんです。姉と話をする中で、大型の野生動物の研究にはお金と時間がかかること、しかし医療や工学分野のような産学連携が難しいことを知りました。その状況をどうにかしたいと思ったのがきっかけでした。
木下さとみ
2008年電通入社。コピーライター/CMプランナーの傍ら、2013年に野生動物研究者の双子姉と「まもろうPROJECT ユキヒョウ」を設立し生息地での保全活動を開始。2020年には「DENTSU生態系LAB」を立ち上げた。
―なぜ、研究の成果である「わかっていること」ではなく、「わかっていないこと」に注目したのでしょうか?
木下 常日ごろから模索を続ける姿を知り、彼らにとっては当たり前のことでも、動物の謎に対する研究の仕方やプロセス自体に、新しい発見があるかもしれないと思ったんです。研究結果よりも研究の過程に注目し、野生動物についてだけでなく、「研究の面白さ」を伝える内容にしました。
―齋藤先生は、「わかっていないこと」をテーマにすると聞いて、どう思いましたか?
齋藤美保先生 研究者としては、わかっていないことって、本当はあんまり言いたくないものです。だって、それをわかるようにするのが研究者の役割じゃないですか(笑)。だからこそ、この絵本には、他にはない魅力があると思います。
齋藤美保
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科助教。父親の仕事の都合で生後8カ月から4年ほどケニアに住む。その経験からキリンに興味を持ち、野生動物研究を志す。2010年からタンザニアでキリンの行動を研究している。著書に「キリンの保育園 タンザニアでみつめた彼らの仔育て」(京都大学学術出版会)。
―絵本で紹介した動物の「わかっていないこと」は、どのように選んだのでしょうか?
木下 まず、研究者のみなさん一人一人に2~3時間かけてヒアリングをしました。すると「ナマケモノの背中からはあぶらが出ている」といった面白いことがポロッと出てくるんです。聞けば聞くほど、わたしたちにとっては新たな発見ばかりでした。
―齋藤先生の普段の研究では、どのように「わからないこと」という課題を見つけているのでしょうか?
齋藤 普段キリンの子育てを研究しているのですが、まずは観察して「あれ? あのキリンは何をやっているんだろう」という疑問を抱いて始まることが多いです。文献を調べても『わかっていること』しか載っていません。自分自身の疑問をヒントにして、仮説を立てていきます。実際にキリンを観察しに行くと、環境と行動の関わりまでわかる。それが観察の面白さだと思います。
―絵本で紹介した以外に、キリンのとっておきの「わからないこと」ってありますか?
齋藤 そうですね。例えば、キリンのツノはなぜ、メスや子どもにもあるのか。オスなら闘争に使うという目的がありますが、メスや子どもにもある理由にはならないんですよね。
考える過程を子どもが楽しむには?
―子どもたちに考えること、調べる過程の楽しさを知ってもらうために、大人はどんなサポートができるでしょうか。子どもの中には、わからないことがあると、すぐに諦めてしまうタイプの子もいると思うんです。
齋藤 お子さんが相手なら、例えば、クイズのようにするのはどうでしょうか? わからないことについて大人が調べるとしても、すぐに答えを言わないようにするんです。先にいくつか仮説を子どもに立ててもらうと良いかも。
木下 いいですね。パズルにしてみるとか、大人側の工夫で過程を楽しむ方法を伝えることはできそうです。この絵本を作る前、子どもを対象にしたオンラインワークショップを京都市動物園でおこなったんです。
絵本に掲載している仮説は、このときに子どもたちから実際に出た意見を取り上げているんですよ。例えば、キリンの場合は「ツノからメッセージを出している?」など、面白い意見がたくさんありました。
答えを言うより、ひらめきをほめる
―絵本に掲載されていたのは子どもたちの意見だったんですね。いろいろな仮説があって読んでいて面白かったです。
木下 大人からすれば突拍子もないような仮説もありました。でも、研究者はみなさん、子どもの意見を全部肯定されていたんです。それが、子どもたちにとって楽しい経験になったようです。
―研究者が意見を肯定してくれたから、子どもたちが積極的に発言できるようになったのかもしれませんね。
木下 そうなんです。大人がすぐに答えを言うより、ほめてもらえる喜びというか。わたしも「それ合ってるよ」と言われるより、「そのアイデア良いね!」と言われた方がうれしい気がします。
―大人は、どうしても正解したことをほめてしまいがちです。これからは、子どものひらめきや考え方にも注目してみます。
木下 あと、子どもの頃、動物園に行くと必ずフラミンゴの前で30分以上、じっと見ていたんです。当時の写真を見ると、わたしも双子の姉も後ろ姿で写っているものばかりで(笑)。多分、動物に夢中だったんです。
―親御さんも、待っていてくれたんですね。
齋藤 子どものときから興味のあるものに、じっくりと取り組む経験は良いですね。そして、そんなふうに興味を深めることを目的にするなら、スタンプラリーのようなめぐり方だけが動物園を訪れるときの正解ではないかもしれないですね。
―小学校の遠足などで、競うように動物を見て回りがちです。
齋藤 全部の動物を見たい気持ちもわかるけど、子どもの興味の先は、それぞれ違うんじゃないか。自分が気になった動物をじっくり観察することで、考える面白さが芽生えるのだと思います。わたしも子ども時代、野生のキリンと触れ合ったことがあって。ケニアに住んでいたので、身近な動物だったんですよね。改めて考えてみたらその経験が、今の研究にもつながっているのかもしれません。
齋藤さんたち研究者は、普段から観察するクセがついているようです。自ら課題を立てて、それを解決するために情報収集したり、分析したりする「探究学習」。研究者のみなさんはまさに「探究学習のプロ」ですね。
東京すくすくから齋藤先生のワークショップのお知らせ
齋藤美保先生のワークショップ「きみもキリン博士になろう!キリンのわかっていること・わかっていないこと」を2023年1月29日(日)に開催します。
イベントの様子を詳しくレポートしました!
小学生が対象のイベントです。お申込みは下記のページをご確認ください。
◆開催日時:2023年1月29日(日)13時~14時30分(12時30分開場)
◆場所:東京新聞 本社1階ホール(千代田区内幸町2-1-4)
◆対象:小学校1年生~6年生とその保護者の方 10組20名
◆参加費:無料
◆応募期間:2022年12月27日(火)~2023年1月16日(月)※応募は締め切りました
※応募多数の場合は抽選となり、当選の方に1月18日ころメールでご連絡いたします。なお、落選の通知はしておりませんのでご了承ください。
◆小学館集英社プロダクション・東京すくすく(東京新聞)共催 / 京都大学野生動物研究センター・DENTSU生態系LAB 協力