〈古泉智浩の里親映画の世界〉vol.34『漁港の肉子ちゃん』 うちの子もキクコのように育ってほしい
vol.34『漁港の肉子ちゃん』(2021年/日本/5年生/女の子/養子?)
西加奈子原作『漁港の肉子ちゃん』のアニメ映画作品です。僕は原作小説をずいぶん前に読んでおりました。そうした場合、映画作品を新鮮な気持ちで楽しむことができず、答え合わせのような感覚で見てしまいますが、「漁港の肉子ちゃん」は、違和感なく見られました。これまで「朝が来る」「八日目の蝉」など原作小説に先行して触れた映画作品を紹介してきましたが、どの作品も丁寧に仕上げられた傑作。映画「漁港の肉子ちゃん」もまた、心のこもったとても素晴らしい作品でした。
この映画をこのコラムでぜひ取り上げたいと思いましたが、ネタばらしになる恐れがあるため、公開から少し時間を置きました。興味のある方はもうご覧になったのではないでしょうか。大丈夫かな。これから映画をご覧になる方はぜひ、見た後でお読みください。
東北地方のとある漁港で暮らす肉子ちゃんは38歳の関西出身の女性。小学5年生の女の子、キクコと2人暮らしです。これまで交際した男性に苦労してお金の問題などもありましたが、なんとか清算して今は漁港につながれた船にキクコと住んでいます。肉子ちゃんは大柄で明るくおおらかな性格で、漁港の焼き肉屋さんで元気に働いて人々に親しまれています。2人の夕食は焼肉屋さんのまかないで、とってもおいしそうです。実は肉子というのはあだ名で、本名は菊子なのです。親子で「キクコ」という同じ名前というところで、勘のいい人はピンとくるのかもしれませんが、僕は鈍いので全く気付きませんでした。
娘のキクコはすらっとした体形で顔立ちは目が大きく、肉子ちゃんとは全然似ていません。肉子ちゃんの交際男性の都合で度々引っ越しと転校を繰り返してきました。学校で女子の「派閥問題」が起きたときも、自分を責め、孤立した子に謝るなどキクコはとても利発でいい子です。
※編集部注※この先はネタバレ要素が含まれています!
物語が進むと、実はキクコが肉子ちゃんの実の娘ではなかったことが明らかになります。キクコは、肉子ちゃんが一緒に暮らしていた親友のみうが産んだ子どもだったのです。みうは肉子ちゃんのことが大好きで、自分の娘に、肉子ちゃんの本名と同じ名前を付けました。ところが、みうは精神が不安定で子どもを置いて失踪してしまいました。それで肉子ちゃんがキクコの親となって育てることとなったのです。戸籍の手続きなどはどうなっているのか不明です。みうは他の男性と結婚し、2人の子もいますが、肉子ちゃんと連絡を取り続けており、キクコの様子が見たくて運動会に侵入して盗撮したりしていました。
肉子ちゃんの告白にキクコは動揺することなく、「そんなことはとっくに気づいていた。4歳の時から気づいていた」と言いました。顔が似ていないし、同じ名前というところもヘンだなと感じていたのでしょう。利発で読書好きで、スポーツも得意、部屋もきれいに片付けられるキクコは、負の側面がなさすぎて、「こんなに楽な子育てはない!」と思うほどですが、それは肉子ちゃんの明るく朗らかで大らかな性格によるものではないでしょうか。
わが家では先日、ママの車を買いに中古車屋さんに行きました。係のお姉さんと7歳の養子のうーちゃんが後部座席に乗り、緊張するママの運転中にうーちゃんが急に「ぼくのママはぼくをうんだママじゃないんだ」と言い、僕もママも、思わず絶句してしまいました。すると、中古車屋のお姉さんは「でも今のママも優しいママでしょ」と事も無げに言いました。おそらく、うーちゃんのことを僕の連れ子で再婚家庭なのだと思ってくれたようでした。素晴らしい女性でした。余計な事を言って人をドキッとさせるものではないよと思うのですが、養子であることを暗く受け止めていない様子のうーちゃんに一安心しました。
キクコも肉子ちゃんとの関係を特に重く考えている様子はなく、うーちゃんはキクコよりずっと神経が細いですが、キクコのように元気に育ってほしい。僕もママも肉子ちゃんほどおおらかではないですし、子どももキクコのようではなく手が掛かって仕方がありません。別に比べることではないですが!
エンドロールまで気づきませんでしたが、キムタクさんと工藤静香さんのお嬢さんのCocomiさんがキクコの声を演じており、とっても上手でベテラン声優のようでした。またプロデューサーの明石家さんまさんが元奥さんの大竹しのぶさんを肉子ちゃん役に起用されていて、けっこう難しい役どころですが、そちらも素晴らしかったです。漁港の方言が、僕の故郷の新潟弁のような語尾だなあと思いましたが、明確に定めてはいない北の漁港という設定のようです。
◇
「漁港の肉子ちゃん」 公式サイトはこちら
6月11日(金)全国ロードショー
ⓒ2021 「漁港の肉子ちゃん」 製作委員会
配給:アスミック・エース
古泉智浩(こいずみ・ともひろ)
1969年、新潟県生まれ。1993年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。