〈古泉智浩 里親映画の世界〉vol.4『八日目の蝉』血縁なくても素敵な親子 勇気付けられた

古泉智浩「里親映画の世界」

vol.4『八日目の蝉』(2011年 日本/子ども5カ月くらい〜3歳/誘拐)

 里親になるとは全く思っていない頃に爆笑問題の太田光さんが、角田光代さんの原作小説を大絶賛していたので、僕も読んでみました。太田さんがおっしゃる通りとても面白くて。こうした場合、映画化されると原作のイメージとの隔たりであまり楽しめないケースがありますが、映画作品もこれはこれでとても面白くてびっくりしました。

 永作博美さんが、不倫で交際していた相手の赤ちゃんを誘拐して養育しながら各地を転々と逃げ回りますが、何より素晴らしいのが、小豆島での育児場面です。温かい空気の田舎町。母子家庭で、戸籍すらない女の子(このとき既に3歳くらいになっていましたが)に周りの人々が温かく手を差し伸べてくれます。ごく普通のシングルマザーとして認識されていたようです。お母さんはうどん工場で働き、子どもは近所の子たちと一緒に遊びます。田舎すぎて保育園や幼稚園もないようで、保健所など行政からの目も行き届かない環境は、誘拐犯には非常に有利です。

 人目を忍びながらも母と子で慎ましく暮らす親子。女の子は一点の疑問もなく誘拐犯を母親だと信じて頼りきっており、とても懐いておりました。永作さんが女の子に向ける笑顔がとても愛情深くて、感動的です。後ろめたさも秘めながら、感じる幸福…。ありとあらゆる感情が含まれた笑顔だったのでしょう。

 ただ、里親映画としては物足りないところもあります。それは、女の子がちょっといい子すぎること。うちにも里子として育てている1歳の女の子がいて、上の4歳の男の子に比べるとあまりに育てやすすぎて拍子抜けすることがあるので、もしかするとそういうこともあるかもしれません。ただ、ややもすると作者にとって都合が良すぎるのではないか、と思うほどに手が掛かりません。

 うちの女の子は手はかからないのですが、すごい食いしん坊で、大人が食べ物を口にしようとしていると「まんま!まんま!」と言って欲しがります。ビールすら飲みたがって、あげないと怒るので困ります。お腹がいっぱいになって食べたくなくなると、差し出されたスプーンを手で叩いたり、器を叩いたりします。それから、赤ん坊なら高い可愛らしい声で「むにゃむにゃ」言うのが普通なはずなのに、悪魔に取り憑かれたような「ぐええええ」といった声を出すのでギョッとします。上の男の子はそんな不気味な声は出さなかったし、よその子でそんな変な声を出す子は見たことがありません。あんまり「ぐええええ」と言うので、僕も真似をして「ぐええええ」と声を出してみたら、ギョッとした顔をして不気味な声を出すのをやめていました。客観視したのかもしれません。

 「子どもはかわいいね」「育児は楽しいね」と思うに充分なのですが、育児の困難を踏み越えた上での楽しさや充実感が見たいなと思いました。そして、その子ならではの可愛らしさなど個性ももっと描いて欲しかったです。

 この映画を初めて見た当時僕は不妊治療の真っ最中で、まさか自分が里親になるとも思っていませんでした。自分はそのうち子どもが授かるのだから、そういったケースもあるのかな、くらいに受けとめておりました。しかし、後に里親になる時にふと、そういえば「八日目の蝉」も誘拐とは言え里親だったぞと思い返し、血縁などなくてもとても素敵な親子になっていたことに非常に勇気付けられました。

 ただしかし、この映画は誘拐犯と娘の育児の話がメインではなく、どちらかと言うと誘拐された女の子が成長し大人になって過去を振り返り、自分が抱えている精神的な問題を深く見つめることがテーマです。主演は女の子が成長した後の井上真央さんです。永作さんの里親としての子への関わりはけして軽いものではないですが、メーンテーマではないため、里親映画としては若干評価ポイントが下がります。

 

◇『八日目の蝉』 DVD通常版 発売中
価格:3,800円+税 発売元/販売元:アミューズソフト
ⓒ 2011映画『八日目の蝉』製作委員会

古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

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