〈古泉智浩 里親映画の世界〉vol.1『ブリグズビー・ベア』誘拐犯の後ろめたさと「恐るべき幸福感」

古泉智浩「里親映画の世界」

vol.1『ブリグズビー・ベア』(2018年 アメリカ/子ども0~25歳/誘拐)

写真 ブリグズリー・ベアの劇中カット

里親映画採点表 ブリグズビー・ベア

■愛着度:子どもとの密接な関係の度合/■育児度:育児場面の充実度合/■里親映画度:作品に占める里親要素の度合/■勇気度:里親が励まされる度合/■作品充実度:映画作品としての評価

 ジェームス(カイル・ムーニー)は地下のシェルターで暮らす25歳、地上は汚染物質で汚れているので外に出るときはガスマスクが必要です。家族はお父さんとお母さん、他の人には会ったことがありません。趣味は子ども番組『ブリグズビー・ベア』です。この番組は毎週ビデオテープで送られてきて、子どもの頃からもう何度も何度も見返して、込められたメッセージを深く理解しようと研究しています。

写真 ブリグズビー・ベアの劇中カット

 そんなある日、シェルターに警察が乗り込んできました。両親は逮捕され、ジェームスは保護されます。なんと、両親は赤ん坊だったジェームスを誘拐した犯人で、地上は汚染されていませんでした。ジェームスは実親の元に返されます。そこにはお父さんとお母さん、高校生の妹がいました。両親はとても喜び、それまで一人っ子だった妹は少し拗(す)ねてしまいます。

写真 ブリグズビー・ベアの劇中カット

 里親映画で、誘拐犯に育てられた子どもは大抵、誘拐犯を本当に親だと信じているため、実親に返された時に「本当のママのところに帰りたい」と、実親を他人扱いし、反発することが多々あります。長年ずっと追い求めてやっと会えた実親は、2回目の試練に直面します。しかし、この映画の主人公、ジェームスは25歳という成熟した年齢で、しかも誘拐犯の教育がよかったせいか素直な青年に成長しており、両親をすっと受け入れます。人にはそれぞれ事情があるのだと理解しているようでした。

 そのようにジェームスが成長できたことの大きな要因が子ども番組『ブリグズビー・ベア』でした。「夜、寝る前は歯をみがくんだぞ」「ご飯の時は神様に感謝するんだ」このように番組の最後に太陽の神様が、番組を見ている子どもに語りかけていました。ジェームスは周りのみんなに「ねえ、『ブリグズビー・ベア』でこんなことあったよね」と話しかけるのですが誰も何を言っているのか不思議そうな対応をされます。誰一人そんな番組のことなど知りません。なんと『ブリグズビー・ベア』は誘拐犯のお父さんが倉庫のスタジオでこっそり自作していた番組だったのです。

写真 ブリグズビー・ベアの劇中カット

 『ブリグズビー・ベア』の続きが見たい、しかし製作者のお父さんは刑務所にいてもう作ってもらうことができない。どうしても続きが見たいジェームスは妹の同級生の自主映画が趣味の男子と意気投合して一緒に続きを作り始めます。当初、両親は誘拐犯が作ったビデオに未だに囚われている息子を苦々しい気持ちで見ていましたが、全く世間と触れることなく大人になってしまったジェームスが必死で創作と格闘している様子に胸を打たれ協力するようになっていきます。映像作品を作ることが自分と向き合い、そして誘拐犯でありながらも自分に向けられた育ての父のメッセージを受け止め、恋をして、仲間と喧嘩して、許して譲ることを知り、失敗して乗り越える……撮影を通してそんな人生のありとあらゆることを体験します。

写真 ブリグズビー・ベアの劇中カット

 この映画では、両親も誘拐犯も子どもがいい子に成長して欲しいという願いをたっぷり抱いており、心のこもった教育がいかに重要か、笑いながら、涙を流しながら理解させてもらえます。

 僕は、自分が誘拐犯のような、ズルをして子どもと一緒にいるような気持ちが常にあります。児童相談所が公的にセッティングしてくれているのでズルでもなんでもないのですが、本来自分で作るべきところをそうしていない後ろめたさがあります。これまでの人生も漫画家として好き勝手に生きて来られて非常に恵まれていたと思っていましたが、心の底では満たされず、子どもと一緒に暮らしたいという希望が年々強くなり、最終的には頭がおかしくなりそうなレベルに達していたところ、里子を預かるに至りました。

写真 ブリグズビー・ベアの劇中カット

 すると、人生そのものが光に満ち溢れたものに感じられ、これこそが幸福だったのかと、それ以前を不幸とは断じて言いませんが、本当に幸せな気分になりました。例えて言えば、宝くじが毎日100万円ずつ当選し続けているかのような気分です。幸せすぎて、自分たちで産んでもいないのにこんなに幸福でいいのだろうかといういう後ろめたさは、誘拐犯のような気分なのだと思います。きっと誘拐犯たちも恐るべき幸福感に戦慄していたと思います。だからこそ、子ども番組『ブリグズビー・ベア』を自作するほどの手間をいとわなかったのでしょう。

 僕と妻は、実子がいて社会貢献のような気持ちで里親をしている人とは違って、「子どもを育てたい」という我欲が先にあります。そんな僕にとって、この映画では何より、子どもが誘拐犯とも両親とも仲がいいことがよかったです。

『ブリグズビー・ベア』
© 2017 Sony Pictures Classics. All Rights Reserved.
監督:デイヴ・マッカリー/脚本:ケヴィン・コステロ、カイル・ムーニー
出演:カイル・ムーニー、マーク・ハミル、グレッグ・キニア、マット・ウォルシュ、クレア・デインズ他
提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント/配給:カルチャヴィル

古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

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