〈古泉智浩の里親映画の世界〉vol.25『朝が来る』里子や養子に出す親は無責任じゃない 不都合の重なり合いで生まれる幸福もある

古泉智浩「里親映画の世界」

vol.25『朝が来る』(2020年/日本/新生児/男/特別養子縁組)

CG

 現代日本を舞台にした、特別養子縁組がモチーフのサスペンス調の物語です。僕は3年くらい前に辻村深月さんの原作小説を読んでおりました。僕は原作を知っていると、原作と映画を照らして、答え合わせをしているように見てしまいます。映画初見で単体として新鮮な気持ちで見ることができないのですが、特に映像がすばらしく美しくて、どの場面もフレームを切り出してプリントし、壁に飾りたくなるようで、高い美意識を感じます。

 栗原清和(井浦新)と佐都子(永作博美)の夫婦は東京のマンションで幼稚園に通う一人息子の朝斗くん(佐藤令旺)との3人暮らしです。幼稚園で朝斗のお友達が、朝斗にけがをさせられたと、ママ友からクレームがあります。朝斗くんはやっていないと言うのですが、相手の子はやられたと言い、佐都子は朝斗くんの言葉を信じていいのか思い悩みます。そんな育児に悩む日常を送る栗原夫妻の家に一本の電話があります。

 「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」

 電話の主は、朝斗くんの産みの親、ひかりであると名乗ります。朝斗くんは養子だったのです。

 栗原夫婦は子どもに恵まれず不妊治療をしていました。北海道のクリニックにまで出かけ、高額な体外受精に失敗し、経済的にも精神、肉体的にもダメージを受けていました。北海道に名医がいたのでしょうか。僕も新潟に暮らしていながら東京のクリニックに通って何度も体外受精を失敗し、恐ろしく散財してしまった経験があり、身につまされます。栗原夫妻は特別養子縁組の民間業者があることを知り、説明会に足を運びます。

 一方、14歳の中学生の女子、片倉ひかり(蒔田彩珠)は彼氏と自宅で大人びた行為をしていたところ、妊娠してしまいます。お父さんにこっぴどく叱られますが、中絶を拒み産むことを決意します。

 ひかりは子どもを産んでから親や親戚との折り合いが悪く、彼氏にもよそよそしくされ、ある日家出をして特別養子縁組業者の施設に向かいます。住み込みスタッフとして懸命に働くのですが、施設は運営をやめて閉じることになってしまいます。主宰する浅見静恵(浅田美代子)の病気が原因でした。それから新聞配達員として住み込みで働きますが、親しくなった同僚に勝手に私文書偽造で借金の保証人にさせられ、ヤクザに取り立てられるなど、巡ってくる選択肢に対して全て間違った方をチョイスしてしまいどん詰まりに追い込まれます。そうして精神も風貌もすさんでいきます。

 うちには5歳の養子の男の子と、2歳の里子の女の子がいるのですが、2人の産みの母親がそれぞれ今、どんな生活をしているのか知りません。もし、すさんだ生活をしているとしたらと思うと気が気でありません。この新型コロナウイルスの騒動で学校が休みになって、中高生の女の子の妊娠が問題になっています。勝手で無責任な言い分であるのは承知の上で、ぜひ中絶だけはしないでほしいと強く願います。そのためには、まず安全に安心して産むことができる環境が必要です。もし育てることが困難な場合には、日本中に里子や養子縁組を求める中高年の夫婦がいくらでもいるということを、国や行政はもっともっと声高にアナウンスしてほしいのです。そしてひかりのように、産んだ後に人生につまずくようなことがあっても、この世に命を一つ生み出すというこの上なく立派な事をしたのだから、何らかの生活保障が得られるようなシステムも構築してほしいと願います。


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 世間一般では子どもを里子や養子に出すような親を、産みっぱなしで無責任だと非難するような意見がありますが、僕や妻は産んでくれたお母さんに対して感謝の気持ちしかありません。お腹を痛めて産んだ子をよその人に手渡すのは断腸の思いであったことでしょう。僕らの幸福は、子どもができない不都合と、育てることが困難である不都合が重なり合って、生じています。僕の毎日の生活は楽しく、幸福でいっぱいなのですが、そんな不都合の重なり合いがあったことをないことにはできません。

 永作博美さんと言えば、里親映画の世界では『八日目の蝉』で、子どもを連れ去る誘拐犯、そして逃亡犯の里親の立場で出演していることが思い出されます。そちらの作品でも誘拐犯だけれど、必死で子どもを愛情深く養育する姿が印象的で、子どももよくなついて本当のお母さん同然でした。『朝が来る』では正式に養子縁組をした母親で、逃げ回ることなく暮らしていてよかったなあと、物語は関係ないですが、つい思ってしまいました。

 この映画の里親評価ですが、完全に養子を特別視することなく普通のお父さんお母さんが感じられてしかも真実告知もしており愛着度は10、子どもを信じていいのか分からず戸惑うところは非常に大事な問題で育児度は9、養子縁組家族での脅威に対する対応も素晴らしくて、勇気度9です。

■「朝が来る」 2020年10月23日公開 公式サイトはこちら

監督・脚本・撮影:河瀬直美
原作:辻村深月配給:キノフィルムズ/木下グループ ⓒ2020「朝が来る」Film Partners

古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

 〈古泉智浩 里親映画の世界〉イントロダクション―僕の背中を押してくれた「里親映画」とは?

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