〈古泉智浩の里親映画の世界〉最終回 vol.35『ブラック・ウィドウ』 簡単には割り切れないのが家族

vol.35『ブラック・ウィドウ』(2021年/アメリカ/3歳と6歳から/女/スパイ)

※愛着度はエレーナ

 アメコミヒーロー映画では以前こちらのコーナーで紹介した『シャザム』というDCコミックの、グループホームを舞台にした作品がありました。一方、アメコミヒーロー映画ではマーベルコミックが隆盛を誇っており、今回紹介する『ブラック・ウィドウ』はアイアンマンやスパイダーマン、ハルク、マイティ・ソー、キャプテン・アメリカら、アベンジャーズの一員として活躍していたブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)が主人公です。

 女性の殺し屋で、超能力は持たないが、厳しい鍛錬に耐え抜いたスーパーヒーローです。女性の場合はヒロインなのですが、キャプテン・マーベルも一般的にスーパーヒーローで一括りにされています。ブラック・ウィドウは急に現れていつの間にかアベンジャーズの仲間として活動していて、これまで『アイアンマン』から始まるマーベル映画シリーズは全部見てきていますが、どこかで出てきたのかなという薄い印象の存在でした。

 1995年オハイオの田舎町、後にブラック・ウィドウとなる10歳くらいの女の子ナターシャは、6歳の妹エレーナと父のアレクセイ(デビッド・ハーバー)、母のメリーナ(レイチェル・ワイズ)の4人で暮らしていました。これから夕食という時にお父さんが血相を変えて「今から旅に出るぞ」と言います。お母さんは「すぐじゃなきゃダメなの?」と覚悟していたような表情で言います。彼らは大慌てでSUV車に乗り込むと、銃で武装した集団が車列で追いかけて来ます。近くの飛行場に乗りつけ、プロペラ機で追っ手を振り切ることに成功します。行き先はキューバのハバナでした。彼らはソ連がスパイとして送り込んだ偽装家族だったのです。

 びっくりしたのはお父さんが、ハバナに着いた途端、一切家族を顧みずに上官とうれしそうに話していたことです。お母さんは逃亡中に追っ手に腕を撃たれて救急車で運ばれます。オハイオで暮らした期間は3年間。妹のエレーナは3歳くらいからだったため、本当の家族と思いこんで疑うことなく暮らしていました。そしてナターシャとエレーナはレッドルームという女の子を暗殺者に育て上げる特殊機関に送り込まれます。家族はそれっきりバラバラになってしまいました。それから21年が経ちました。

 その間に、レッドルームから逃げ出したナターシャは、ブラック・ウィドウとなりアベンジャーズに加入します。妹のエレーナ(フローレンス・ピュー)も洗脳が解け、レッドルームを解放する活動をしていました。ナターシャがブダペストの隠れ家に行くと、そこにエレーナが現れ、2人は感動の再会…とはならず本気の殺し合いを始めます。2人ともレッドルームで凄腕の殺し屋として鍛えられていたため、反射的に体が勝手に動いているかのようでした。ひとしきり大暴れして疲れ果て、ようやく冷静に会話ができるようになった2人は、レッドルームで洗脳状態にある女性たちを解放させるという目的で一致し、手を組みます。しかしレッドルームの所在が不明です。そのことを知る人として2人が思い当たるのは、お父さんでした。

※編集部注※この先はネタバレ要素が含まれています!

 お父さんはロシアの雪山の刑務所にいました。全身入れ墨だらけで、髭ボウボウ、見るからにチンピラ中年のお父さんには、かつての会社員ふうの面影がありません。ナターシャとエレーナはヘリコプターで刑務所に乗りつけ、お父さんを脱出させます。お父さんとも感動の再会とはならず、しかもレッドルームの場所も分からないと言うので2人はイライラをぶつけます。 

 「なんだ月のものか?」

 お父さんがセクハラまがいのジョークをかますと2人は言います。

 「私たち子宮も卵巣もとられて、ないわ」

 レッドルームでは女性を暗殺者に育て上げるために、そのような手術を施していました。その少し前に妹のエレーナがナターシャに質問する場面がありました。

 「子どもを産みたいと思った事ある?」

 それに対しナターシャは曖昧な返事をしていました。何気ない年ごろの女性同士の会話だと思っていたら、過酷な運命が背景にあったことが分かり、ズンとした気分になりました。

 お父さんが、「お母さんならレッドルームの場所を知っているはずだ」と言うため、2人はお母さんがいるサンクトペテルブルクへ。お母さんは田舎の一軒家で、豚に人間の言葉で命令に従わせる研究をしていました。そうして、21年ぶりに家族が再会します。お父さんは、自分のことばかり話し、父性も感じさせないのですが、お母さんは娘たちに温かい感情を抱いています。特に妹のエレーナにとっては物心ついた時から3年間本当の家族だった大切な存在です。だからこそお父さん、レッドガーディアンのコスプレしてないでさ、一番幼くて傷ついていたエレーナに優しくしろよとイライラしました。そんな4人が食卓を囲みます。この映画では冒頭のシーン以来2回目。幼かった娘たちはすっかり成長しています。実は本当の家族ではないと知りながら過ごしていた妹以外の3人と、本当の家族と思って過ごしていた妹のエレーナ。複雑な感情が混じり合い、ぎこちなく食卓を囲むシーンが印象的でした。

 僕は殺し屋でもないし、そのような複雑な環境で育ったわけではないので、彼らの気持ちは計り知れません。僕に近い立場はお父さんのアレクセイなのですが、彼は僕ほど家族に関心が無さそうなのであんまり気持ちが重なりません。あんなに懐いてもらっていたのに、そりゃないだろう、と思ってしまいます。エレーナは常に冷めたような態度を示します。大きな心の傷がそうさせているのかもしれませんが、単にそのような性格なのかもしれません。家族を単純に割り切れるものとして描いていないところがこの作品の素晴らしいところです。

 僕は常々、こうしたヒーロー映画で敵の軍団が無数に現れヒーローたちにバッタバッタとなぎ倒されているシーンに理不尽なものを感じていました。敵の軍団は単に倒されるだけで、ヒーローをかっこよく見せるためだけに存在しているかのようで、迫力はあってもスリルを感じず、虚しい気持ちになります。今回の『ブラック・ウィドウ』はほぼそんな場面がなく、どのシーンも面白くスリリング。女性が主人公なのに恋愛場面は一切なく、家族や運命に対しての濃厚な人間ドラマがありました。マーベルシリーズでは『アントマン』が僕は一番好きですが、その次くらいに面白かったです。

 この映画の予告編で、アベンジャーズシリーズを振り返るものがあり、アメリカの劇場なのでしょうか、観客が総立ちで歓声を上げながら見ています。アベンジャーズが敵を倒すシーンでは「おおおー」「アベンジャーズ!」と興奮して声を上げます。僕はそれを見て、彼らは僕の5倍くらい映画を楽しんでいると思いました。「敵の軍団がバタバタと倒されるのが理不尽だ」とか、斜に構えて見てないで、スーパーヒーローの活躍に心を震わせ、ピンチの時には思わず立ち上がり、応援しながら見てこそ、なんでしょう。心から楽しんで見ている様子はうらやましかったです。

 今回の映画は吹き替えもあるので、小学1年生の養子のうーちゃんを誘ってみましたが、映画館は音が大きくて怖いそうで断られてしまいました。もうちょっと大きくなったら一緒に見てみたいです。

 長くお付き合いいただきましたこの連載も今回が最終回となります。連載は終わりますが、里親映画はこれからも作られ続けていきます。皆さんもぜひ映画を見る際に「これはもしかして里親映画じゃないか」という発見も楽しんでもらえたらと思います。もし、あなたの周囲に里親家庭や養子縁組家庭があったなら、「『ブラック・ウィドウ』や『漁港の肉子ちゃん』みたいな感じか」とご理解いただけたらと思います。本当にどうもありがとうございました。

ブラック・ウィドウ』 劇場公開中&ディズニープラス プレミア アクセスで配信中(プレミア アクセスは追加支払いが必要です)

©Marvel Studios 2021

古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。1993年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

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