〈坂本美雨さんの子育て日記〉50・本当の気持ちを押し込めた娘と、一緒に泣いた
歯医者さんのご褒美 持っていたのに
娘が通っている歯医者さんでは、ご褒美に風船をくれる。色を選ばせてくれて、ちゃんとヘリウムガスを入れてくれて。先日も、治療をがんばったあとに、風船を揺らしながら意気揚々と夜道を歩いていた。
すると、突然風船が舞い上がり、空高く飛んでいってしまった。一瞬の出来事。ひもの先は娘の手の中にしっかりと握られたままで、わけがわからず顔を見合わせた。どうやら、ひもが娘のリュックのファスナーに引っかかって途中で切れてしまったらしい。即座に、彼女は私に向かって、「でも! だいじょうぶだよね! またもらえるし!」と言った。
第一声が前向きに切り替える発言だったことに驚き、「いやでも、ちゃんと持ってたもんね、なんで飛んでっちゃったんだろう、○○ちゃんのせいじゃないのにね!」と慌てて抱きしめた。すると、彼女の中から本当の感情があふれ出し、「きれいだったのにー! 最初は濃いピンクだったけど膨らませたら薄いむらさきになって、きれいだと思ったのにー!」と私の体に顔をうずめながら叫んだのだった。
その気持ち 代えがきかないはずなのに
それを聞いた瞬間、私も涙をこらえきれなくなり、そうだよねそうだよねと2人でしゃがみこんでしばらく泣いた。そんなことがなければ特にいちいち説明はしなかったかもしれないけど、ちゃんとその色を選んだすてきな理由があった、彼女の風船。がんばったからこそもらえたうれしい気持ちは代えがきかないはずなのに、瞬時に私に気を使ったのか、自分のせいだから泣いてはいけないと思ったのか、「大したことない、またもらえるし」とがんばって虚勢を張ろうとしたこと。そんながんばり、いらないのに! いつそんなこと覚えたんだろう。彼女の複雑な感情の動きがとてもいじらしく、でもこんなに幼いときから気を使ってしまっていることがふびんにも思えて、いろんな気持ちが混ざり合ってしばらく涙が止まらない。
娘は、母の涙を見てだんだん笑えてきたらしく、「なに泣いてるの~、もうだいじょうぶだって~!」とポンポンしてくれる。すっかり親子逆転である。やっと気を取り直し、アイス買って帰ろ、と手をつないで歩く夜道。本当の気持ちをグッと押し込めるなんて、まだまだできるようにならなくていいと思うけれど、彼女のそういうところをとても尊敬もしている。 (ミュージシャン)
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