「なぜ中学受験するのか?」に「正解」はありますか? おおたとしまささんに聞いてみた

樋口薫 (2021年12月18日付 東京新聞夕刊)

 今の大手中学受験塾のカリキュラムは小学3年の2月に始まるという。小3の長女の周囲でも受験の話題を耳にする機会が増えた。そんな折、記者の頭にあった疑問をタイトルに冠する本が刊行された。『なぜ中学受験するのか?』(光文社新書)。数々の教育現場を取材してきたおおたとしまささん(48)が「中学受験を全面的に礼賛するでも、はなから否定するでもない立場」から、現状を俯瞰(ふかん)した一冊だ。早速「答え」を知りたくて話を聞いた。

やり方次第で良薬にも、毒にもなる

 「最近、メディアからの取材で『中学受験のメリット、デメリットは何か』と雑な質問をされることが増えたんです」。いきなりそう言われ、ひやりとする。「その質問自体に、中学受験への思い込みが含まれている。例えば『結婚のメリット、デメリットは?』と聞かれても、固定された答えがないのと同じです」

 確かに、本書の冒頭にはこう記されている。「中学受験の何をメリットと感じるか、何をデメリットと感じるかにそのひとの教育観、幸福感、人生観などの価値観が表れる」。結婚と同じく、中学受験の結果が人生の成功と直結するわけではない。「やり方次第で良薬にも毒にもなる」のが中学受験というわけだ。

 記者は地方の公立の中高出身で、中学受験になじみがない。「良い大学に進むための苦行」という先入観もあった。しかし本書は著者の豊富な知見に基づき、そうした「思い込み」を解きほぐしていく。

思春期を謳歌するためのゆとり教育

 例えば、14~15歳の多感な子どもを高校受験で追い回す日本のような国は「世界を見ても数少ない」とデータを示し、「中高一貫教育は豊かな思春期を謳歌(おうか)するためのゆとり教育」と説く。あるいは数々の名門校を取材した体験から、私学の教育環境には生徒の非認知能力を醸成する効果があると指摘する。一方、一部の塾や保護者が偏差値重視のあまり、子どもの受忍限度を超えてまで勉強を強制する「教育虐待」が起き得ることにも言及する。

 そう、本書で提示されるのは画一的な「正解」ではない。各家庭や子どもごとに異なる中学受験との向き合い方の判断材料なのだ。「教育というのは文化に根ざすもの」とおおたさんは強調する。「中学受験という文化のない地域で受験する必要はないし、逆にその文化を理解しないまま進めると、チキンレースのような競争になってしまう。本書を執筆したのは、過熱気味の現状に冷や水を浴びせるためでもある」

コロナ禍で受験者数が増えた理由は

 コロナ禍に伴う状況の変化も興味深い。中学受験者数は景気と連動しており、業界的にはコロナ不況の昨年度、受験者数は減ると予想されていた。しかし結果は逆で、ここ数年の増加傾向が継続した。公立校と私立校のオンライン対応に差が出たことが一因とされるが、おおたさんはさらに一歩踏み込んで分析する。

 「単にオンライン対応だけでなく、公立校の非常時における柔軟性のなさが明らかになった。正解のない状況に対応できない組織が、これからの正解のない時代を生きていく子どもをどう育てるのか、と考えた保護者が多かったのだろう」

「必勝法」はないが「必笑法」が…

 おおたさんの持論は「中学受験に『必勝法』はないが『必笑法』はある」。子どもだけでなく親にとっても精神的な負担が大きい中学受験を、数々の試練を乗り越えていく「親子の大冒険」と表現する。「どうやって勝ち組になるか、という受験のテクニックを書いた本はたくさんあるが、自分は中学受験を子育て全体の中のイベントの一つと位置付けている」

 30代前半で「子供と過ごす時間を増やしたい」と会社を辞め、中学受験だけでなく教育虐待のルポや世界の教育法、男の育児など幅広いテーマで70冊以上を刊行してきた。「切り口は違っても見つけようとしているものは同じ」と振り返る。「自分の中には常に問いがある。いい教育とは何か、いい学校とは何か。それはすなわち、いい人生とは何かという問いに集約される。まだ答えは分かっていないが、同じ問いを抱えながら書き続けたい」

 記者の中でも、中学受験を巡る「答え」は出ていない。それを導くための貴重な「問い」を授かる取材となった。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2021年12月18日

コメント

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