〈古泉智浩 里親映画の世界〉vol.5『チャッピー』あんなチンピラが立派に親になっていくなら…
vol.5『チャッピー』(2015年 アメリカ/新生児〜青年/誘拐)
2016年、南アフリカ、ヨハネスブルグ。非常に治安の悪い地域でしたが、人型のロボット警官を大量に導入したお陰で犯罪率が激減しておりました。ロボット警官は銃弾などものともせずにギャング団との撃ち合いを制します。これが2016年の出来事だというので、近未来ではなくすでに近過去ですが、映画を見たのは2015年だったのでその時は近未来でした。里親映画で近未来SFアクション映画を紹介することも滅多にないと思うのですが、素晴らしい里親映画だったのでぜひお付き合いください。
ロボット警官の開発責任者・ディオンは大いに評価されていました。会社でロボットを開発するかたわら、自宅では趣味でAI(人工知能)も開発。睡眠時間を削って、とうとう完全に感情を持つAIを完成させます。そのAIを廃棄予定の警官ロボットに勝手にインストールします。
ところが、ギャング団に、ディオンとそのロボットは誘拐されてしまいます。ギャング団のニンジャとヨーランディというカップルはそれまでロボット警官に散々やられていたため、開発者であるディオンを誘拐し、ロボット警官を操作するリモコンを手に入れようと企てたのです。しかしそのようなリモコンは存在せず、代わりにAIをインストールされたロボット警官を奪ってギャングのメンバーにすることにしました。ロボット警官はチャッピーと名付けられました。
チャッピーはAIをインストールされたばかりで、人間で言えば新生児です。言葉を話すこともできなければ、何かを見分けたり、理解することもできません。人間の新生児は寝返りすらできず、声を出して手足をばたつかせるだけですが、チャッピーは体を動かすことはできます。チャッピーは周りの人間、生みの親であるディオンにもギャング団のニンジャとヨーランディにも怯え、逃げ惑います。人に懐かない野良猫のようですが、もし実際人間の新生児が体が自由に動けたら、こうなのかもしれないと思いました。
そんなチャッピーに母性を刺激されたヨーランディは、我が子のように優しく接します。ディオンはニンジャに脅されて追い払われてしまうのですが、隙を見て彼らの住まいである廃倉庫を訪れて、チャッピーに絵本を与えたりお絵かきを教えたりします。飲み込みの早いチャッピーはあっという間にスケッチを習得しますが、その描き方はインクジェットプリンターのようなのが実にロボット的です。そうして、新生児から幼児、小学生くらいまで数日のうちに成長していきます。
里親映画は数ありますが、こうして子どもの成長の過程をつぶさに個性豊かに表現している作品は滅多にありません。それは、子どもに深い関心のある人にしか興味のない表現だからではないでしょうか。成長の仕方は子ども一人ひとり違います。でも、一人しか養育していない場合、その子が基準になってしまいがちです。
僕も2人目の女の子を養育するまで、今4歳の男の子みたいな成長をよその子もしているものだとばかり思っていました。2人目の女の子はすごくよく食べて、寝てくれるのであまりの楽さに驚愕しました。比較すると上の子はちょっと個性が強すぎることが明確になります。今でも妻の実家のお母さんには、上の子は下の子の10倍手が掛かると言われています。主張とこだわりが強すぎて面倒臭くて困っています。その分面白さもあるのですが、特に今は世に言う「悪魔の4歳」なので、お着替えもお風呂も、お出かけも、おねんねも、全てに対して否をとなえずにはいられないようで、粘り強い交渉と交換条件で対応しなければなりません。
ヨーランディとディオンがチャッピーを育む一方で、養父であるニンジャは一人前のギャングにさせようとギャングの作法を教えます。そのため、チャッピーのガラがどんどん悪くなり、黒人ラッパーのように肩を大げさにゆらして歩き、ひどいスラングを話すようになります。ディオンが「悪事をしてはいけない、約束だ」と言うのに対してニンジャは強奪や殺人を教え、チャッピーも手裏剣は百発百中になっていきます。
ディオンの教えとニンジャの教えの間に矛盾が生じてチャッピーは悩みます。ニンジャは知恵が回るため車の強奪を「パパの車を返してもらう」、殺人を「眠らせて気持ちよくさせる」と詭弁を使い、チャッピーは立派なギャング団の一員となります。この頃にはチャッピーは人間でいうところの少年くらいにまで成長していました。
この映画が里親映画としてもっとも素晴らしいところは、そんなギャングのニンジャやヨーランディが親になっていくところです。特にヨーランディは完全に母親でした。僕自身、まともな勤め人ではないですし、胸を張れない過去の出来事もたくさんあります。しかし、警察に逮捕されたことはなくギャングでもチンピラでもありません。ヨーランディは後ろから見れば長い髪をしていますが、頭の前半分はスポーツ刈りというとんでもない髪型だし、ニンジャは冗談のような入れ墨が身体中にある完全なチンピラです。しかしそんな彼らが親となって命がけでチャッピーを守ろうとする様子には完全に心打たれ、あんなチンピラたちが立派な親になっているなら、僕だってやらなければ、と勇気度10です。成長過程を個性豊かに楽しく描いている育児度も10です。しかしニンジャには最後の最後まであまり懐いていなかったので愛着度は8です。
さて、この映画ではヒュー・ジャックマンがチャッピーの敵として登場します。ヒュー・ジャックマンと言えば2人の養子を迎えていることで知られています。僕と同年齢なのにはるかに早くから里親活動をしていて、密かに先輩と呼んでいるのですがこの映画での里親度は0でした。
◇予告編
『チャッピー』日本版公式サイトはこちら
監督・脚本:ニール・ブロムカンプ
出演:シャールト・コプリー、デヴ・パテル、ニンジャ、ヨーランディ、シガニー・ウィーバー、ヒュー・ジャックマン他
音楽:ハンス・ジマー
◇『チャッピー』ブルーレイ&DVD 好評発売中
4K ULTRA HD & ブルーレイセット 4743円 / Blu-ray 1800円 / DVD 1280円(いずれも税別)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント© 2015 Columbia Pictures Industries, Inc., LSC Film Corporation and MRC II Distribution Company L.P. All Rights Reserved.
古泉智浩(こいずみ・ともひろ)
1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。