試合中に倒れ、AEDに命を救われた少年がJリーガーに  「心臓の事故は誰でも起こる」普及を願う栃木SC・井出選手のメッセージ

谷野哲郎

 自動体外式除細動器をご存じでしょうか。AEDと呼ばれ、心肺停止を電気ショックによって救命する医療機器のことです。今回は14歳のとき、サッカーの試合中に倒れ、AEDで蘇生した経験を持つJ2栃木SCのDF井出敬大(いで・けいた)選手(19)に話を聞きました。

機器を手に「AEDのことをもっと知ってほしい」と訴える井出選手(栃木SC提供)

14歳の時、急に目の前が真っ白に

 井出選手は千葉県柏市出身で今春、柏から栃木SCに移籍。年代別日本代表としても活躍するサッカー選手です。子どもの頃からサッカーが大好きで「練習が終わって、親が迎えに来ていても、待たせて2時間もボールを蹴っていた」少年だったそうです。

-その頃から、AEDについて知っていましたか。

 「いえ。中学校で体育の授業で習ったくらいで、あまり知りませんでした。もちろん、まさか自分に使うことになるとは思ってもいませんでした」

-中学生のとき、試合中に倒れたと聞きました。

 「はい。4年前の2016年3月です。当時は柏のU-15(15歳以下)にいて、柏市内のグラウンドで浦和のU-15と対戦していたときのことでした」

-自覚症状はなかったのですか。

 「全くありませんでした。その日はチームが2連敗中で、どうしても勝ちたい気持ちでいっぱいでした。自分はキャプテンだったので、強く責任を感じて臨んだ試合でした」

偶然、救急救命士が…重なった幸運

-倒れたときの状況を教えてください。

 「その試合は序盤に失点してしまったのですが、終了直前に同点に追いついたんです。うれしくて、ダッシュで、皆が喜んでいる輪に加わった後、自陣に戻ろうとしたとき、急に目の前が真っ白になって、立っていられなくなって、ひざから倒れました。そこから記憶がありません」

-次に思い出せるのはどんな光景ですか。

 「光景というか、目よりも先に耳が聞こえました。自分の頭の上でAEDが作動する声が聞こえて、そこから自分の周りに人がいるのが徐々に見えてきて、心臓マッサージと人工呼吸をされているのが分かりました」

-周囲の人が助けてくれたのですね。

 「僕は幸運でした。後から聞いたのですが、観戦していた対戦相手の保護者に救急救命士の方がいて、ピッチの外から駆けつけて蘇生を先導してくれたそうです。また、柏のスタッフの方も何日か前にAEDの講習会を受けていて、いくつかの幸運が重なって命を救ってもらえました」

7月29日の群馬戦でJリーグデビューを果たすなど、成長を続ける井出選手(栃木SC提供)

精密検査で見つかった血管の異常

-精密検査の結果はどうでした。

 「心臓の周囲の血管が生まれつき変形した『冠動脈起始異常』と診断されました。激しい運動をすると血液が流れなくなって、不整脈や心肺停止になる可能性がある病気だそうです。でも、自覚症状は全くなくて、自分では人よりも心肺機能は強かったと思っていたので、本当かなと疑っていました」

-それからは。

 「診断は間違っておらず、手術を受けました。そこからずっと運動制限があって、皆が体育しているときも見学して、目の前にボールがあっても蹴れなくて…。この先どうなるんだろうと不安でした。結局、ピッチに戻るまで丸1年かかりました」

-そのとき、感じていたことは。

 「親の存在だったり、サッカーができることのありがたみですね。特に両親には心配をかけてしまいました」

倒れた人の名前を、大声で呼んで

 総務省消防庁のデータによると、2018年に一般市民の目の前で心肺停止になった人は約2万6000人。このうち、何も蘇生を行わなかった人の生存率が9%だったのに対し、胸骨圧迫の場合は17.5%、AEDの処置を行った場合の生存率は55.9%にまで上昇しました。

-AEDによる迅速な対応はとても重要だと思います。もしものとき、何かアドバイスはありますか。

 「子どもも大人も、いざ、人が倒れるのを見ると冷静ではいられないと思います。自分が倒れたときにも、コーチや居合わせた大人の方が涙を流していたと聞きました。自分に言えることは、その人の名前を大声で呼んであげてくださいということです」

―名前を呼ぶとは。

 「はい。僕自身も最初に音や声が聞こえて、意識を取り戻しました。聴覚は最後まで伝わると言われていますし、生きるか死ぬかのとき、誰かの声が聞こえるのは意味があると思います。あとは日ごろからAEDが設置されている場所を確認すること、使い方を学んでおくことも大事ですよね」

-その他に親ができることは。

 「子どもは痛かったり、体に違和感があっても『やれる』と嘘をついて、頑張ってしまうんです。休んだらレギュラーを外されると思ってしまいますから。見極めるのは難しいのですが、普段からお子さんの様子を見てあげて、できるときと本当にダメなときの判断をしてあげてほしいと思います」

 さまざまな障害を乗り越え、井出選手は今年7月にJリーグデビューを果たしました。「まだスタートラインに立てただけ。将来、レギュラーや日本代表に入れるよう、結果を残していきたいです」と未来を見据える19歳の若きJリーガーは、AEDの使用法を勉強し、機会があるごとに普及促進を訴えています。

 「僕自身、まさか自分が助けてもらうとは思いもしませんでした。でも、心臓の事故は誰にでも起こり得ること。僕と同じように助けられる命があるかもしれない。一人でも多くの人にAEDのことを知ってもらいたいんです」。井出選手の言葉に私たち大人も学ぶべきものがあるのではないでしょうか。

井出敬大(いで・けいた)

 2001年8月18日、千葉県生まれの19歳。DF。柏から今年6月に栃木に移籍。7月29日の群馬戦でJリーグ初出場。代表歴は2017年にU-16日本代表、2019年にU-18日本代表とU-18Jリーグ選抜。180センチ、71キロ。

◇自動体外式除細動器(AED)とは
 心肺停止状態になった人に電気ショックを与え、心臓の動きを正確なリズムに戻す装置。電極パッドを胸に貼り、自動音声に従って操作する。Jリーグでは2011年にサッカー元日本代表の松田直樹さんが急性心筋梗塞で亡くなったことから、会場にAEDの設置を義務付けた。

 「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の筆者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。

コメント

  • すごくいい記事。深い記事。いろんな人に読んでもらいたい。もっと読みたいです。
    なつ 女性 --- 
  • 井出くんの記事を見つけてうれしくなった。