「攻めてる絵本」が続々登場 異業種の作り手、1人称童話… 大人も一緒に楽しめる
アリが考える「1とは何か」
ぼくは、アリになってしまった。
昨年十月発売の絵本「アリになった数学者」(福音館書店)は、そんな一文から始まる。作者の森田真生さん(34)は2016年、数学の歴史を通し、人間の心に迫った著書「数学する身体」(新潮社)で小林秀雄賞を受賞。「独立研究者」を名乗って活動している。
子ども向けの著作は初めてだ。物語の中で、数学者の「ぼく」はアリになる。「ぼく」はエサを数えるのに「数」を使うが、「1、2…」と人間のように物を数える指を持たないアリには伝わらない。アリとの交流を通して「1とは何か」を考える異色の内容で2万5000部を売り上げている。
大人にとっても深い問い掛け
「もとになったのは、人間とは違う体を持つアリになったら、『1』も見え方が違ってくるのではないかという発想」とにっこり。創作に当たっては、暗闇で手を使わず、あごを使ってパンを食べてみるなどアリになりきったという。
対象は主に小学生。しかし、大人でも考え込んでしまうほど深い問い掛けがある。「数学は必ず正解があると思われがちだけど、そう単純じゃない」と指摘。「そうした固定観念が崩れると面白い」と期待する。
室井滋さん、しずちゃんも
森田さんをはじめ、異なる分野で活躍する人が次々に絵本を著している。人気絵本作家の長谷川義史さんと組んで「しげちゃん」など何冊もの作品を送り出している女優の室井滋さん、ボクシングに打ち込んだ日々を描いた自伝的な「このおに」が話題のお笑い芸人しずちゃんこと山崎静代さん、挿絵もストーリーもない「えがないえほん」が人気の米国俳優、B・J・ノバクさん…。異なる背景を持つ人の進出によって、絵本は多様性を増している。
3人称が当たり前の童話の概念を覆す作品も。高陵社書店が17年に刊行した「1人称童話シリーズ」は「桃太郎」「シンデレラ」「浦島太郎」の3作品を主人公の目線で描き直した。
すぅーっといきをすいこむと、あまくてやさしい、いいにおい。ぼくは生まれる前、大きな桃の中にいました。
これは、桃太郎の書き出し。作者でコピーライターの久下裕二さんは「何を見て何を感じたかを主人公になって想像すれば、感情移入がしやすいのではと思った」と話す。もし鬼退治に行くことになったら? もしガラスの靴を落としたら? 別の誰かの視点を疑似体験することで「相手の立場になって物事を考える視点が養える」と言う。
出版不況の中、広がる読者層
出版指標年報によると、18年の紙の書籍・雑誌の推定販売額は前年比5.7%減の1兆2921億円で、14年連続で減っている。一方、昨年の新刊のうち絵本が4割を占める児童書は875億円で前年より1.3%増えた。
絵本専門の月刊誌「MOE」の門野隆編集長(44)によると、読者層や作品の幅が広がったことが大きい。従来と違う絵本を次々に登場させる「攻めの姿勢」が功を奏しているようだ。SNSなどデジタルなコミュニケーションが全盛の今、門野さんは「一方的に読み聞かせて終わりでなく、読んだ後で親子で感想を言い合える絵本が求められているのでは」と分析している。