〈古泉智浩 里親映画の世界〉5項目すべて満点の傑作…わが家の迷いを思い返す vol.21「しあわせの隠れ場所」
vol.21『しあわせの隠れ場所』(2010年/アメリカ/17歳くらいの男児/後見人)
大柄な黒人の男子高校生、マイケル(クイントン・アーロン)は、友達のお父さんによって、白人が多く通うキリスト教系の学校に連れられてきます。このお父さんは、アメフト部のコーチの知り合いのようで門前払いされそうになりながら入学の交渉をします。友達と校庭でバスケットボールをしているマイケルは、3ポイントシュートを決め、軽くダンクシュートを決めるほどの跳躍力。「どんなスポーツをやらせてもすごい戦力になるぞ」。友達のお父さんの言葉に、体育の先生も前のめりになりました。
〈前回はこちら〉命がけで赤ん坊を守った強盗に心を打たれる「3人の名付親」
しかし、マイケルはまともな教育を受けたことがありません。入学は認められても、友達の家のソファで寝泊まりするような暮らしで、着替えも1枚だけです。
感謝祭の夜、冷たい雨の中、マイケルは半そで半ズボンで傘もささずに寝場所である体育館に向かっていました。そこへテューイ家の車が通り掛かります。17歳くらいの長女、コリンズ(リリー・コリンズ)と10歳くらいの長男SJ(ジェイ・ヘッド)が同じ学校の生徒でした。お母さんのリー・アン(サンドラ・ブロック)はいったんは通り過ぎたものの、引き返しマイケルを自宅に誘いました。テューイ家はいくつもの事業で成功した富豪でした。
お城のような家に戸惑うマイケルは、リビングのソファで寝ることに。リー・アンと夫のショーン(ティム・マッグロウ)は家のものを盗まれるのではないかと心配しながら一夜を明かします。しかし翌朝、ソファの上にはきれいに折りたたまれたシーツや毛布がありました。すでに家を出ていたマイケルを捜しに出たリー・アンは、彼を呼び止め、朝食に誘いました。家族とマイケルは手をつなぎ、感謝祭のお祈りをして、食事をしました。
リー・アンは、マイケルの着替えを取りに、母親が住む自宅に行きますが、そこは黒人の貧困層が暮らすガラの悪い地区。ドアには立ち退き勧告の張り紙がされ、母はいません。リー・アンはマイケルを連れて洋服を買いに行きます。マイケルは両親との関係が薄く、グレても仕方ないような環境で育ちながら、全くすれていないピュアな青年でした。そんなマイケルを放っておくことができないリー・アンは一緒に暮らすことを提案し、自宅にマイケルのために部屋とベッドを用意します。マイケルが人生で初めて持った自分のベッドでした。
2人の実子がいて、マイケルの保護を申し出るリー・アンをすごい、と思いました。うちの男の子が3歳くらいの時のこと、児童相談所から小学5年生の男の子を受け入れてほしい、と申し出がありましたが、踏み切れませんでした。
それ以前にうちの子が1歳のころ、ちょっと月齢が下の男の子を預かりました。その時は乳飲み子が2人になることがどれほどの困難であるか理解しておらず、疲労で生活が成り立たず、体を壊してしまいそうになり、1週間で音を上げてしまいました。その男の子は近くの里親さんの元に引き取られましたが、車でうちから離れていく時のなんとも言えない目が今でも忘れられません。幸いそのお宅で元気に成長していて本当に安心しました。
それから、うちでは新しく子どもを預かることに慎重になっています。5年生の子の申し出もとてもうれしいことでしたが、安請け合いするわけにはいきません。5年生ならさまざまな事情も理解しています。すでに実の親から離れて暮らしている彼を預かったのに、僕ら夫婦が音を上げるようなことがあればひどく傷つけてしまいます。
先に預かっている赤ん坊の男の子がいて、まずはその子を一番大事にしなければならないと思って育てているところに、5年生の男の子がうちに来たら、「ここでも自分は1番じゃないのか」と感じてしまうかもしれない。「もし、2人目を預かる機会があるとしたら、最初の子より年下で物心ついていない子がいいのではないか」。妻からの提案をその通りだと思い、児相にお断りしました。
でも、僕は一度そのようなお話をいただくと、「一体どんな子なんだろう」と気になって、会ってみたくてしかたがないのです。その男の子と結局会うことはなかったのですが、今どこでどうして、どんな暮らしをして、どんな子なんだろうと、もしかしたら仲良くなれたかもしれない彼を思ってしまいます。でも、逆に関係がうまくいかなければお互い深く傷付くことも充分に考えられます。その場合、圧倒的に深い傷を負うのは僕ではなく幼い彼の方で、慎重さが必要なのだと思います。
家具の製造販売などを経営し、キリッとしたリー・アンですが、一方でとても愛情深く、恵まれずにきたマイケルにも惜しみない愛情を注ぎます。ガンガンものは言うけれど、最後は本人の意思や自由を尊重するアメリカ人らしい気持ちよさを感じる人柄です。
息子のSJも学校に来たばかりのマイケルに最初に話しかけ、小さな女の子に挨拶すると逃げられてしまうマイケルには「笑顔だよ、友達になりたかったら」とアドバイスするような子どもです。一緒に暮らすうちに、マイケルを兄と呼んで慕うようになっていきます。
礼儀正しく控え目で、優しい人柄のマイケルはすっかり家族になじみ、リー・アンは彼の後見人を申し出ることにしました。養子縁組ではなく後見人です。あまり馴染みがないですが、保護者として公的に責任を負うという意味合いでしょうか。
マイケルは所属したアメフト部でも、実力を発揮してチームを地区大会優勝に導きます。その活躍ぶりをSJがビデオカメラで撮影し、有名大学にDVDを送るとスカウトが押し寄せます。しかし、学力が伴わなければ推薦を受けることができません。果たしてマイケルは勉強を頑張って推薦を受けることができるのでしょうか。
実はこのお話は実話で、マイケルは後にNFLのプロ選手になります。以前に紹介した『インスタント・ファミリー』という里親映画では、この映画を見て感化されたシングルの白人女性が、黒人でスポーツ万能の子どもを養子にしたいと希望する場面がありました。それほど、マイケルの例は、成功例とも言えます。テューイ家の人たちもマイケルも素晴らしい人柄。人に温かく愛情をもって接する人には、幸せであってほしい。ある程度大きくなった子を引き取って、素敵な関係を築くこともすごいことでまったく頭が下がります。本当に素晴らしい映画で、すべての項目が満点です。
◇英語版予告編
◇『しあわせの隠れ場所』ブルーレイ2381円、DVD1429円(税別)ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント© 2010 Warner Bros. Entertainment. All Rights Reserved.
古泉智浩(こいずみ・ともひろ)
1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。