小児科医 森戸やすみさん 「お母さんみたいに仕事を」娘の進む道、応援したい

(2020年4月12日付 東京新聞朝刊)
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(由木直子撮影)

毎日保育園に送ってくれた父

 小学校の先生をしていた両親と、1つ下の弟の4人家族で育ちました。両親とも帰宅は夜だったので、隣に住む母方の祖母のもとで過ごすことも多かったです。

 父はとても子煩悩でした。当時の男性としては珍しく、私たちの保育園の送りも毎日してくれました。北海道の農家出身で、8人きょうだいの7番目。進学させてもらえず、通信制で教員免許を取りました。

 そのせいか「子どもにはやりたい勉強をさせてあげたい」という思いが強かったようで、私と弟は物心つく頃から「本だったら何でも買ってあげる」と言われていました。書店で本を選ぶのが本当にうれしかったです。

「孫のために」と早期退職した母

 小学校高学年の頃、クラスに女子の派閥ができ、学校にどうしても行きたくない時期がありましたが、母は「ずる休みはだめ」「学校は行くもの」と決して許さないだろうと思って言えませんでした。先生だったせいもあるかもしれませんが、トラブルがあっても必ず先生の肩を持つ母に対しては、多少の反抗的な気持ちを抱いていました。

 でも、結婚して出産後、まだゼロ歳だった長女と2人で実家に戻った時に、支えてくれたのは母でした。当時58歳だった母は「(仕事に)復帰してもいいのよ」と私の背中を押し、「孫のために」と早期退職を選びました。

 私が頼んだわけではなく母自身の選択でしたが、本当にありがたいことでした。母がいなければ現場復帰が遅れただけではなく、ブランクができて復職自体に二の足を踏んでいたと思います。

「学校に行くことより、あなたが大事」

 今、長女は大学3年、次女は13歳。2人とも私と同じように「学校に行きたくない」経験をしています。

 長女は休んだ時期もあった中高一貫の中学から、自分で選んだ高校に進学。薬剤師を目指して薬学部で学んでいます。「お母さん、何かやろうか?」と常に声をかけてくれ、頼もしい限りです。

 2人目の夫との間に生まれた次女は、自分の道を探しているところ。学校を休み始めた2年半前は、働く母親の常として「自分が家にいたら違っていたのでは」と悩みました。でも何を言っても、次女は「ごめんなさい」「分からない」と繰り返すだけ。

 こうした彼女の状態を受け入れられるようになるまで、2年かかりました。「学校に行くことより、あなたの方が大事」と伝えました。母には「早く学校に行けるといいわね」と娘に言わないよう、くぎを刺しています。

 今は自分で時間割を作って勉強し、「お母さんみたいに仕事をしたい」と顔を上げて進んでいる次女。私も応援していきたいです。

もりと・やすみ

 1971年、東京都生まれ。小児科専門医。一般小児科、新生児集中治療室(NICU)勤務などを経て、今夏都内で開業予定。近著に「子育てはだいたいで大丈夫」(内外出版社)、共著に「やさしい予防接種BOOK」(同)など、医療と育児をつなぐ著書多数。「祖父母手帳」(日本文芸社)も監修。

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森戸やすみさんの近著「子育てはだいたいで大丈夫」(内外出版社)

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2020年4月12日

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