4月9日は子宮の日。子宮頸がん予防HPVワクチンの現状と課題は?「男女の区別なく接種を」

阿部博行 (2024年4月9日付 東京新聞朝刊)

横浜市立大・宮城悦子教授に聞く

 子宮頸(けい)がんを予防するヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの定期接種の実施率が2022年度、神奈川県内で大きく上昇した。国による積極的な接種勧奨再開がきっかけだが、過去に健康被害の訴えが相次いだことから否定的な見方が残っていたり、なお多くの女子生徒らに効果が知られていなかったりする現実もある。4月9日の「子宮の日」にちなみ、国内の啓発活動をリードする横浜市立大学医学部産婦人科の宮城悦子教授(62)に課題を聞いた。

写真

HPVワクチン接種の普及啓発について話す宮城教授=横浜市金沢区の横浜市立大学医学部で

衝撃…2022年に死者が過去最多を更新

 国内では年間1万人以上が新たに子宮頸がんと診断され、1日あたり8人が亡くなっている。海外では患者も死者も減少するが、国立がん研究センターの統計によると、2022年の国内の死者数は2999人と過去最多を更新。宮城教授は「衝撃的だった」と振り返る。

 自身が担当する患者では、妊娠中に子宮頸がんが見つかったため、抗がん剤治療を行い、帝王切開と子宮摘出手術を同時に施すケースが後を絶たない。抗がん剤の副作用や手術の後遺症に苦しむ女性も多く診てきた。それだけに「HPVワクチンの安全性と有効性は間違いないので、接種してほしい」との思いを強くする。

 啓発活動に学校の協力を期待する声もあるが、「保護者のワクチンへの考え方の違いで、子ども同士の差別につながりかねず、教師が接種の是非に触れることは難しい」と感じる。むしろ、文部科学省が作成した「がん教育推進のための教材」を活用し、授業で子宮頸がんのことを教えてほしいと要望する。保護者からの質問に助言できる養護教諭の理解が重要だとも指摘する。

一日も早く、男子も定期接種の対象に

 予防接種法に基づくHPVワクチンの定期接種は2013年4月に始まったが、打った後に体調を崩したという声が上がったため、厚生労働省はこの年の6月、自治体から接種対象者に案内通知を送る「積極的接種勧奨」を差し控えるよう通知。ほぼ9年ぶりに勧奨を再開した2022年4月、それまで接種の機会を逃した女性を対象に、公費で受けられる「キャッチアップ接種」を始めたが、その制度も来年3月で終了する。

 「ワクチンは間隔を置いて3回接種するため、これから半年以内に1回目を受けないと、3回目が有料になってしまう可能性がある。それを市民講座やSNSなど、あの手この手でアナウンスする必要がある」と主張する。

 海外ではHPV関連がんを予防し、集団免疫を高める狙いで男子への接種が拡大。HPVが原因の肛門がんや中咽頭がん、性感染症の予防効果を期待して、男女の区別のない接種が行われている。国内でも東京都中野区などが男子の任意接種の費用を補助している。

 「一日も早く、男子も定期接種の対象にして予防効果の高い9価ワクチンを打てるようにしてほしい」。一人の産婦人科医として、そう願っている。

HPVワクチンをめぐる主な動き
2013年 4月 予防接種法に基づく定期接種が始まる
2013年 6月 諸症状の訴えを受け、積極的接種勧奨を差し控え
2014年 1月 厚生労働省専門部会が諸症状を副反応ではなく機能性身体症状と見解
2015年12月 名古屋市の大規模調査で接種者と非接種者に諸症状の有症率で有意差なしと発表
2015年12月 世界保健機関(WHO)が日本の勧奨中止を批判
2016年 4月 日本小児科学会、日本産婦人科学会など17学術団体が接種推進を求める見解を発表
2016年 7月 健康被害を訴える接種者らが国と製薬企業を提訴(係争中)
2016年12月 厚労省研究班が「接種歴なくても諸症状あり」と発表
2021年11月 厚労省が積極的勧奨の再開を決定
2022年 4月 積極的接種勧奨が再開。キャッチアップ接種を開始
2023年 4月 9価ワクチンを定期接種に導入
2025年 4月 キャッチアップ接種が終了(予定)

勧奨再開を受けて接種件数は増加

 神奈川県内のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種状況は、厚生労働省が積極的な接種勧奨を再開した2022年度、大きく変化した。主要な指標の「実施率」で見ると、横浜市は一時期、1%を切っていたが、30%台に乗せた。他の政令市でも軒並み接種件数が増えている。

実施率、横浜市では5年前の72倍に

 このワクチンは3回打つため、計算が複雑になる「接種率」よりも、一定の年齢層で接種を受けた人がどの程度いるかを把握しやすい「実施率」を一般的に用いる。分母は13歳女子の人数だが、分子に他の年齢も含めた接種者数を置くことから、割合は100%を超えることがある。国は実際の接種率について、実施率の5分の1程度の可能性があると説明している。

 横浜市の場合、2022年度の定期接種(小学校6年~高校1年相当)の実施率は36.4%。5年前の72倍となり、前年度比でも12ポイント上がった。市健康安全課は「勧奨再開で対象者に個別に定期接種の案内を送れるようになった効果が大きい」と分析する。

表 横浜市のHPVワクチン定期接種の実施率

川崎市はキャッチアップ接種も合算

 川崎市は実施率相当の「参考値」を3回の接種ごとに集計している。それを平均すると、2022年度は86.7%で、前年度より30ポイント増になった。定期接種だけで割合を出した横浜市とは異なり、20代半ばまでを対象としたキャッチアップ接種の件数も合算した分、高くなったとみられる。

 相模原市は延べ接種件数のみを明らかにしている。2022年度は6336件(うちキャッチアップ接種4022件)で、定期接種のみだった前年度より4600件以上増え、4年前の150倍を超えた。

集計は市町村 神奈川県は公表せず

 接種状況に関しては、指標の選択や割合の計算方法などが市町村に委ねられ、神奈川県内全域の比較が難しい。全国的には、市町の実績値を独自にまとめて接種率をはじき出している福井県のような例もあるが、神奈川県は「国が直接、市町村に報告させた数字なので公表は差し控えたい」(感染症対策連携グループ)としている。

 HPVワクチンは、世界保健機関(WHO)や厚労省専門部会が安全性を確認した後も政府が勧奨差し控えを継続した。その間、未知の副反応を唱える一部の医師や報道の影響もあり、実施率は全国的に1%未満まで下がった時期がある。

ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンとは

 HPVは性交で女性の7~8割が一度は感染し、多くはウイルスが自然に検出されなくなるが、一部は持続感染し、前がん病変から子宮頸(けい)がんに移行することがある。ワクチンの定期接種は、小学校6年生~高校1年生相当の女子が対象で3回接種する。2023年4月に予防効果の高い9価ワクチンが導入され、15歳未満は2回接種で済むことになった。接種拡大とがん検診の充実という両輪で、患者を効果的に減らすことができるとされる。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年4月9日

3

なるほど!

2

グッときた

1

もやもや...

0

もっと
知りたい

あなたへのおすすめ

PageTopへ