〈古泉智浩の里親映画の世界〉vol.31『秘密と嘘』みんな傷つく地獄のようなパーティー場面が圧巻
vol.31『秘密と嘘』(1996年/イギリス/25歳/女/養子縁組)
映画好きの知人に、知っている里親映画はある?と聞いて紹介してもらった作品です。ネットで調べるとカンヌ映画祭のパルムドールを受賞していたのにこれまで全く知りませんでした。それにしてもあまり話題にはなっていないような…。日本で馴染みのあるムービースターが出演していないせいでしょうか。
冒頭、黒人の家族が棺を埋葬している場面から始まると思ったら、次には白人の太ったひげ面のおじさんが結婚式の写真を撮っています。彼が帰宅すると家具のメンテナンスをしていた奥さんは、何やらイライラしています。おじさんの姪っ子の誕生日が近いからうちに招こうと相談しますが、奥さんは気乗りしない様子です。姪っ子は、道路清掃の仕事をしていて、その母で、おじさんの姉にあたる女性は工場で段ボール箱に切り込みを入れる立ち仕事をしています。
ここまでいったい誰が主人公で、どこが里親映画なのか、全く不明です。タイトルに秘密や嘘があるから、この人たちの生活には秘密や嘘があって、その裏には重大な真実があるはずです。
冒頭の葬儀に参列していた黒人の女性はホーテンスという名前で、メガネを作る際に視力を測る検眼士をしています。葬儀は彼女の母のものでした。
カメラマンの太ったひげ面のおじさんはモーリス、写真館を営んでいます。
段ボール工場に勤める女性はシンシア、モーリスの姉です。21歳の娘のロクサンヌと2人で暮らしています。
物語はこの3人の暮らしが交互に語られます。モーリスの奥さん、モニカは常にイライラしていて、生理痛で寝込んでしまったりします。シンシアはモーリスが新居を構えたのに招待してくれないどころか、連絡一つないことを気に病んでイライラしていて、冒頭からずっと細い糸がピンと張り詰めたような雰囲気です。
登場人物がみな、外国人なのに親戚にいそうな感じで、会話のやりとりもリアルで生々しく、映画を見ているというより他人の生活を立ち聞きしたり、のぞき見しているような感覚です。
ホーテンスが役所を訪ねるところから物語は急展開します。彼女は2人の兄と幸せに育ちましたが実は養子で、7歳の時に告知されました。育ての母が亡くなったことで、真実を知ろうと役所を訪ねます。職員は彼女が養子に出された際の資料を全て開示します。生まれたときにつけられた名前を知って涙したりするのですが、読み込むうちに「資料が間違いだ」と指摘します。
「母親が白人となってます」
「母親が白人? ありうることよ」
モーリスはある日、姉のシンシアの自宅を訪ねます。娘のロクサンヌと口論が絶えないシンシアは、モーリスの優しい対応に泣き出して抱きつきます。通常のレベルを超えた愛着で、変な関係なんじゃないか?とすら思えます。モーリスは自宅新居でのロクサンヌの誕生会を提案します。
さて、ここから重大なネタバレがありますので、この素晴らしい映画をこれから鑑賞されるという方はぜひとも見終えてから続きをお読みいただきたく思います。ネタバレを気にしない方、特に見る予定のない方、読んでもすぐに忘れてしまう人はぜひ続きをどうぞ。
なんと、シンシアが16歳の時に産んだ子どもがホーテンスだったのでした。ホーテンスからの電話を受けたシンシアは激しく動揺します。もともとストレス耐性が脆弱なタイプです。
「私の家には絶対に来ないで、二度と電話もしてこないで」
シンシアは強く拒絶します。それはビックリするだろうけど、自分の娘じゃないか、そりゃないぞと思いました。すぐに電話を切ろうとするシンシアをとどまらせ、ホーテンスは自宅の電話番号を伝えメモさせます。すると、電話を切ってしばらくした後にシンシアからの着信があり、面会の約束を取り付けます。
土曜日の駅前で待ち合わせしたシンシアは、話しかけたのが黒人であったことに驚愕します。
「なにかの間違いよ」
「書類にあなたのサインがあるわ」
ホーテンスは役所から渡された書類にシンシアのサインがあることを示します。近くのカフェで2人は話します。シンシアは過去に黒人と関係したことはないと言いますが、急に何か思い当たることがあったようで突然泣き出します。ホーテンスは自分の父親が誰なのか、シンシアに尋ねますが、シンシアは頑なに答えません。シンシアは21歳の娘がいて、一緒に暮らしていること、結婚は一度もしていないことなど身の上を話します。ホーテンスに今恋人がいるかと聞かれると、男はこりごりと言って笑いだしたかと思うと泣いていたり、メンタルが不安定で、隣に座っているホーテンスの顔が陰ります。僕は見ていて「この人に育てられなくてよかったのかも」と思いました。子どもの前ではいつも朗らかでありたいものです。
シンシアは、ホーテンスを出産した直後、子どもを抱くこともせず、見もせずに養子に出していました。当時シンシアはまだ16歳。それを責める気持ちにはなりません。
その後、シンシアとホーテンスは頻繁に会い、一緒に食事や映画を楽しむようになります。ホーテンスと会ううちに、シンシアはちょっと明るく、気持ちにも余裕が生まれてきます。
そして、シンシアはモーリスの新居で開催される、娘のロクサンヌの誕生会にホーテンスを誘います。みんなには仕事場の仲間と偽って紹介します。シンシアはお酒をがぶ飲みし、ホーテンスがトイレに立った間に、とうとうホーテンスが自分の娘であることを皆に告白します。娘のロクサンヌは一体どうしたことかと激怒し家を飛び出し、モーリスが追いかけます。シンシアは泣き出し、見ているこっちも居たたまれない気持ちになります。モーリスはバス停でロクサンヌを説得して一緒に家に戻ります。それで終わらず、シンシアは言わなくていい事ばかりを言い、しかしその結果いろいろな真実が明らかになり、みんながみんな傷つきます。地獄のようなパーティーはモーリスの包容力が発揮されてみんなで抱きしめ合って終わります。ラスト1時間のパーティー場面が圧巻です。ぜひご覧いただき、確かめてください!
緊張感がすごかった分、安堵感、解放感もすごくて、カンヌ映画祭パルムドールも納得の傑作でした。里親映画度は、里親里子で養育している場面は皆無で、その後の物語でした。でもホーテンスが幸福な家庭で健やかに成長したことはよく伝わるので愛着度は10です。この映画で里親になってみようという気持ちはそれほど湧かないかな…勇気度は3です。
なるほど!
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